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第三章 のっぺらぼう

小平の夢

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 小平が夢の話をすると、那津は寿司も食べないまま、腕組みして聞いていた。

 弥吉はただ面白がっているようで、
「旦那の夢はいろんな話の継ぎはぎみたいで、個性がないですねえ」
と人の夢を批評してきたが――。

「夢なんだから、しょうがねえじゃねえか」

 そう小平は言い返したが、那津は、
「いや、個性ならあるだろう」
と大真面目な顔で言ってくる。

「『こんな顔かい?』
 と言ったら、普通、顔がない。

 だが、お前の夢では顔がある」

 それですよ、と弥吉が口を挟んできた。

「なんで顔があるのに、旦那は怖がってるんですかい?」

「いや……俺は顔がないより、ある方が怖い」

 小平は真っ直ぐに自分を見つめてくる那津から視線をそらし、威勢のいい棒手振ぼてふりを眺めた。

 頭に蘇る『こんな顔』を必死に遠ざけようとしながら。

「何故、そんな夢を見た?」

 そう訊いてくる那津に、

「さてな。
 夢だからな。

 おい、行くぞ、弥吉」
と小平は素っ気なく言う。

 振り返らずに歩き出した。

 すべてを話す勇気もないのに、何故俺は那津に話してしまったんだろうな。

 俺はこの男になにか期待しているのだろうか。

 もう今更掘り返してもどうしようもない過去をどうにかしてくれるのではないかと。




 ――死んで力が抜けた弾みか、床の上に転がったその首がごろんとこちらを向いた。

 何も映さない目がちょうど外に居た自分を見る。

 微かに聞こえた声に引かれたように、明るい日差しの道から、建物の中を覗いた瞬間だった。

 自分が居る通りには、昼下がりのゆったりとした空気が流れ、その中を人々が談笑しながら歩いている。

 誰も建物の中で起こっていることには気づいていないようだった。

 見なかったことにすればいい。

 そう思うのに、自分の視線は死んだ女の目に吸い寄せられて、離れない……。

『仕方ない。
 これを片付けてくれ』

 まるで物のように、その女は、こもに巻かれて、運ばれていった。




「覗き女が出るんだんすよ」

 那津が扇花屋を訪ねると、ひとりの遊女がそんな話をして、自分の手を握ってきた。

 那津が困っていると、遣手婆が、はいはい、と手を叩き叫んだ。

「早く持ち場に戻りなさいっ」

「だってー、昼見世の客なんて、みんな冷やかしじゃないだんすかー」

 百戦錬磨の遊女たちも遣手婆の迫力には勝てない。

 渋々といった様子で引き上げていった。

「覗き女?」

 後に残った遣手婆に那津は訊く。

「今、うちの店で噂になってましてね。
 客と部屋に居ると、女が障子に穴空けて覗きに来るって言うんですよ」

 遣手には遊女をやめた女がなると聞いた。

 遊女の盛りは早くに来て、早くに終わる。

 まだ充分若そうにも見えるが、と思いながら眺めていると、遣手は少し赤くなり、

「なにしてるんですか。
 また桧山がお呼びなんでしょう?」

 早く行ってくださいなっ、と怒鳴ってきた。

 覗き女の話をもう少し聞きたい気もしたが、おとなしく桧山の部屋へと退散することにした。


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