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王様に課せられたこと

お手つき姫の決まりごと

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 粗末なベッドで眠ったわりには、爽やかな目覚めだな。

 早朝。
 王、エルダーは外敵の訪れなさそうなこの城の周りを歩いてみようと思った。

 薄く霧の残る山の朝。

 衣類がひんやり湿る感じがしたが、強い風が少しそれをやわらげてくれる。

 ――良い眠りだったのは、あの娘の夢を見ていたからかもしれない。

 あのアイリーンとかいう娘が白く軽い衣を着て、夜の山で舞い踊る夢を見た。

 まるで、天界の女神のような姿だった。

 すると、霧の晴れてきた向こうに、そのアイリーンが立っていた。

 崖の近く、城の方を見上げ、なにやら考えているようだ。

「アイリーン、こんな朝早くからなにをしている」

 そう声をかけると、アイリーンは、ぎくりとし、

「えーとですね。
 新鮮な空気を吸おうかと。

 森の朝は心地いいですね」
と言う。

 エルダーは無言で、上を見た。

 アイリーンがいた場所の上には城のトイレがあったからだ。

 城のトイレは崖に向かって張り出す構造になっている。

 なにもかも下に向かって落ちていくのだ。

「……歩いているうちに、ここに出ただけですよ」

 アイリーンはそう言ったあとで、王様こそ、なにをされてたんですか? と訊いてくる。

「うむ。
 私もいい空気だな、と思って歩いていたのだ」

 そのあと、なんとなく二人で庭を歩いた。

 破壊されている彫像に鬱蒼と繁る草。

 だが、この娘と歩いていると、長く伸びた草に朝露が光る、風情ある庭に見えてくる。

「昨夜、お前が床をともにしたいと言い出さなかったので助かった」
と礼を言うと、アイリーンもまた、

「ああいえ、こちらこそ、助かりました。
 ありがとうございます」
と礼を言ってくる。

 ――なんだその『ありがとうこざいます』は。
 私と一夜を過ごさなくてすんで、ありがとうございます?

 みなが王の子を身籠ろうとしているのに。
 どんな妃候補だ。

 まあ、女同士の争いに巻き込まれたくないようだから、それでだろうが。

 ……私が嫌いなようにも見えるな。

 ちょっとショックだ、とエルダーは思う。

 ――今ほどの地位と権力を手に入れる前から、女性にはチヤホヤされてきたのに。

 国に誰か思う男でもいるのだろうか。

 そんなことを思いながら、二人は城に戻る。

 粗末だが、心温まる朝食をとった。


 帰り際、イワンがアイリーンに告げる。

「床を共にしておらぬと言っても、王がここにお泊まりになった以上、アイリーン様は王のお手つきということになります」

「じゃあ、もう国には帰れませんね……」
とちょっとしょんぼり言うアイリーンにエルダーはついに訊いてみた。

「国に愛しい男でもいるのか」

「忘れてきた本ならありますが。

 まだ荷物そろえたかったのに。
 バージニア姫が早くに出ていったものですから。

 ベネディクトが、遅れをとるな、行けっ、と私を叩き出したので」

 いや、男と本は同じ扱いか……。
 
「まあ、王のお相手をする姫となられても、特に決まり事などありませんから。
 王はわずらわしいことがお嫌いなので、いわゆる後宮なども作られません。

 姫たちの住まいが離してあるのも、徒党を組まぬようにです。
 まあ、すでに派閥ができているようではありますが。

 バージニア姫なども」

 ですから、心配されることはありません、とイワンは微笑んで言う。

「アイリーン様に課せられていることは、ただひとつ。

 王がいらしたときに、必ず、城にいらっしゃること。
 それだけなのですから」

 だがそこで、何故か、アイリーンとメディナは、ひっ、と息を呑んだようだった。


 
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