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原因がわかりました
目の前に王子様が来ても逃げ出すタイプだな
しおりを挟む金戸に連れられ、ホールの方に行くと、父はひとり、酒を作るのが専門らしい店員とカウンターで話しながら呑んでいた。
こちらに気づき、振り向いた父は、
「葉名じゃないか」
と言ったあと、
「……東雲社長」
と呟いて、准を見、微妙な顔をする。
その表情に、あ、もしかして、おにいちゃんに結婚の話、もう聞いちゃったのかな?
と葉名が思った瞬間、父、二階堂龍彦は准を見上げ、
「殴ってもいいかね」
と言い出した。
「一発だけなら」
と准は父を見下ろし、答える。
「そうか、じゃあ、座りなさい」
と龍彦は准に自分の横のスツールを勧める。
どちらも仕事柄、無駄を嫌う人たちだ。
思ったことを言い合い、あっという間に和解したらしい。
言われるがまま、座りかけた准はふと思い出したように、
「ああ、お嬢さんをください」
と言った。
「よかろう」
と父は答える。
……だから、貴方たちは、何故そう情緒がないんですか。
娘を持つ父として、もうちょっと拗ねたりして欲しかった気もする、と思いながらも、葉名は准の横に座った。
気がつけば、准と父親は仕事の話をしており、葉名は、ぼんやり棚に並ぶ酒瓶を眺めていた。
「ちょっと失礼」
と途中で准が席を立つ。
准の席があるので、ひとつ飛んで向こうに居る父がこちらを見て言ってくる。
「お前にしては、いい男を捕まえたな」
「そうですか?
私はまだ迷ってるんですが」
と言って、
「贅沢を言うな。
お前にはもったいないくらいの花婿だ」
と言われてしまう。
いや、それはわかってるんですけどね。
正面切ってそう言われると、ムカつくではないですか、と思っていると、父が、
「結婚祝いになにが欲しい?
なんでも買ってやるぞ」
と言ってきた。
子どもの頃、父に、なんでも買ってやるぞ、とオモチャ屋さんで言われたら嬉しかった。
そんなに裕福ではなかったから、なんでも、と言っても限度があることを知っていた。
だから、一番目に欲しいものは選ばなかったけど。
そう言ってくれる父の気持ちが嬉しかった。
だが――。
「そんな実行力のともなっているのは嫌です」
と葉名は言う。
今の父なら、苦もなく、なんでも買えるのはわかっているからだ。
なんだかありがたみがないし。
今の父の生活が、母を捨てていった上に成り立っているのかと思うと、ちょっとムカつく。
まあ、准が言うように、こんな風だが、やさしいところもある父が、親や社員たちを見捨てきれなかったというのが本当のところなのだろうが。
「なんだ。
お前も夢物語だけ語っていたいタイプか」
と龍彦は笑う。
「あっさり願いを叶えられたら、拍子抜けするんだな。
いつか手に入れたい、と夢物語のように願っているのが好きなんだろう」
……この顔が嫌なんだよな、と葉名は思う。
いまいち、父に同情し切れないのは、この常に皮肉っぽい顔つきのせいだ。
「お前、目の前に王子様が来ても逃げ出すタイプだな。
いいから、東雲准にしておけ。
あいつ、俺に似てるじゃないか」
と言って龍彦は、にやりと笑う。
「じゃあ、今すぐ断ってきます」
と反射的に言い返したあとで、葉名は気づいた。
社長を見ると、なんとなく嫌だと思ってたわけが今、わかった。
この父のせいだったのだ――。
父と准は、思ってた以上に似ている。
「娘は父親に似た人と一緒になると言うからなあ。
お前もお父さんが大好きか」
と笑って言われ、思わず、はっ倒しそうになったが。
まあ、自分も少し大人になったので、娘の気持ちも考えず、阿呆なことばかり言ってくる父を可愛いな、と思わなくもない。
だが、すっきりしたな、と思っていた。
准が気に食わなかったのは、准のせいではなかったのだ。
全部がそうとは言わないが、大部分が父に寄るトラウマのせいだった。
「お父さん、私、結婚します」
「おおそうか、気が向いたら、式には呼べよ」
「はい」
と言いながら、爽やかな植物園での結婚式だと、この人、なんだか浮いてるよな、と思ったとき、
「そうだ、葉名。
面白い話を聞いたぞ」
と龍彦が言ってくる。
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