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今のところ、お前が一番気に入っている
お前は俺の好みではないんだが……
しおりを挟む「失礼します」
と頭を下げ、社長室に入った葉名は、顔を上げた瞬間、シュッ、といきなり、なにかを吹きかけられた。
「つめたっ」
と言いながら、顔についたものを手で払うと、観葉植物用の深緑の霧吹きを持った准が目の前に立っていた。
「おい、モンキー」
とドスの効いた声で言ってくる。
……だから、モンキーやめてください、と思っていると、
「イケメンと食事に行ったってどういうことだ?
俺は此処に戻って、せっせと働いてたのに。
お前は他の男と食事に行ってたのか?」
と霧吹きを銃のように構え、こちらに向けて言ってくる。
「いや、違いますよ……」
そもそも、貴方のために、運気の上がる観葉植物を訊いてあげようと思っただけなんですが、と思いながら、一緒に店に入った経緯を告げたのだが、准は、
「いや、その男はお前に気がある」
と言い出した。
「ファストフードなら、軽く誘えるし、警戒もされないもんな。
話の流れで一緒に食べることも可能だし。
上手くいかなかったら、じゃあ、自分も持ち帰りで、とか、さらっと言って、相手に警戒心を抱かせることなく、話を終わらすこともできる」
ま、確かに流れで、スルッと一緒に食べてしまったな……と思った葉名ではあったが。
そんなことより、
「まあ、俺でもそうするからな」
と言う准の一言の方が気になった。
何処の女にそんなことしてやがるんですか、と思ったからだ。
その気配を感じた准は、
「いや、お前とたまたま知り合ったら、俺ならどうするか想定してみただけだ」
と言ってくる。
「俺の好みではないが、お前は美人だからな。
知り合ったら、ちょっとラッキー、くらいの」
「あの……その程度の好意しか抱いてないのなら、もう言い寄らないでもらえますか?
っていうか、その程度なのに、キスとかしないでください。
私、初めてだったのにっ」
と思わず、昨日からの不満をぶちまけると、
「初めてだったのか」
と真顔で驚かれた。
「いや、そういう驚かれ方をすると、この歳までしてしなかった私の方が悪いみたいな感じになってしまうんですけど……」
浮いた噂のひとつもなかった女ですみません、と謝りそうになる。
だが、准は、
「いや、してなくていいんだ」
と言ってきた。
「嬉しかっただけだ。
俺が初めての男なのかと――」
あの、そういう言い方されると、他のことまでしてしまったみたいに聞こえるんですけど、と葉名は赤くなる。
「でも、幼い頃、出会った相手とファーストキスとかドラマチックだよな。
十年愛だな」
と感慨深げに准は語ってくるが。
いや……、貴方、すごく軽い感じでしたうえに、十年以上、私のこと忘れてましたよね?
まあ、私も忘れてましたけど、と思う葉名の顔を見、
「なんだ、不満げだな」
と准は言ってくる。
「勝手にキスされたことが不満なのか。
大丈夫だ。
お前がこれから、俺を好きになればいいだけの話だ」
「軽く言ってきますね……」
と言ったのだが、准は、まだ手にしていた霧吹きを下げると、葉名を見つめ、言ってきた。
「努力するよ。
誠心誠意、お前に尽くしてやる――」
いや、恋って、努力でどうにかなるものなんですかね?
と思いながら、葉名は、
「失礼します」
と頭を下げ、ひんやりとした社長室のノブを握った。
動揺していない風を装っていたが、内心、そうでもなかった。
あー……びっくりしたー。
あんな風にまっすぐ見つめられると、うっかり、ときめいてしまうではないですか。
そんな葉名の背後から、
「葉名。
今日も行けたら、行くからな」
と准は曖昧なことを言ってくる。
まあ、忙しいのだろう、と思い、
「わかりました。
失礼します」
ともう一度、頭を下げ、葉名は社長室を出て行った。
秘書室に出た途端、
「葉名っ」
とちょうど電話を切ったところだった涼子が呼んでくる。
「大丈夫なの?」
またなんの失態をやらかしたのかと心配してくれているようなので、
「大丈夫です」
と笑うと、
「そう。
まあ、元気出して。
缶コーヒーくらいおごってあげるから」
と言ったあとで、涼子は、
「……だから、夕べのイケメン紹介してね」
と付け加えることは、もちろん忘れてはいなかった。
葉名は苦笑いしながら、
「了解です」
と答える。
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