89 / 94
暁の静 漆黒の乃ノ子 ~大正時代編~
あかりなし蕎麦
しおりを挟む知らなくてもいいことって、なんなんだろうな~。
怖いんだが……と思ったが。
よく考えたら、自分はそれをすでに知っているはずだった。
だって、自分の過去だからな、と授業中、教科書の文字がまったく目に入らないまま、乃ノ子は思う。
世界史の時間だった。
席は来た順、適当だからか、今日は神川が隣だった。
ほんとうに世界史一緒だったんだな~と思ったとき、神川が口を開いた。
なにか話しかけてこようとしたとき、乃ノ子はバタッと机に突っ伏していた。
「福原ーっ」
と神川が叫ぶ声が最後に聞こえた。
……唐突に寝てしまったようだ。
「追えっ、シズッ!
あかりなし蕎麦だっ」
と言いながら、真っ黒な外套を着た壱が屋台を屋台の主人とともに引いて走る。
「ま、待ってくださいっ。
って、壱さんっ、その屋台、置いていったらどうですかーっ?」
なんで出会ったら呪われるという屋台を追いかけてんだーっ、と着物に下駄という実に走りにくい姿でイチを追いかけていて、静はつまづいた。
この間見たな、此処まで、と静の中の乃ノ子が思っていた。
なんで、出会うと不幸になるという『あかりなし蕎麦』の屋台なんて調べてるんだろうと思っていたのだが。
雑誌に売るからではなく、あかりなし蕎麦と間違われて商売上がったりな屋台の主人に頼まれたからのようだった。
「うち、あかりあるのに~っ」
と屋台の主人は叫びながら一緒に走っている。
あかりなし蕎麦というのは、本所の辺りに出ていたという幽霊屋台のことなのだが。
いつ行っても行灯の火が消えていて、店主もいないらしい。
その行灯にうっかり火をつけたら、不幸なことが起こるとか。
その屋台に寄ったら不幸なことが起こるとか言われてる。
そんな……、
……江戸時代の話だ。
今、大正……と静は思ったが、有名な話なので、火の消えた屋台を見ると、みんな、あれを想像してしまうらしい。
「大体、なんでいまどき行灯だ。
街灯の下でやるとか、白熱灯で煌々と照らすとかしてみろ。
あんたの人の良さそうなマヌケ顔がよく見えて、誰も呪いの屋台とは呼ばなくなるだろうよ」
と走りながら、壱は主人に言っている。
「はあ、でもなんか美味そうじゃないですか。
川のほとりにある屋台。
薄暗い中、行灯のぼんやりとした灯りの中で、川風に吹かれながら啜る蕎麦」
「いいですねえ」
と走って息を切らしながらも、静は笑う。
この店主の屋台には灯りがついてはいるらしいのだが。
いつも営業している川の側が川風が強くて、何度か行灯の灯りが消え、それを見た人たちが、
「ひっ、あかりなし蕎麦っ」
と怯えて駆け出そうとして、こけるという不幸に見舞われたり。
なかなかもう一度火がつかない中、通りかかった人がこちらを見て固まっていたので、主人が丼を手に、
「お、美味しいですよ、うちの屋台っ」
と言って、ニッと笑ったのが、月明かりを映して揺れる川面の光にぼんやり浮かび上がって恐ろしく。
その人が慌てて駆け出して、こけ。
……こけてばっかりだな、と静は思ったが。
まあ、ともかく、この主人の屋台は、呪いのあかりなし蕎麦の汚名を着せられてしまったようなのだ。
「そもそも、本当に居るらしいんですよ。
その、あかりなし蕎麦の屋台っ。
あやかしの類いにお詳しいのなら、調べてくださいませんか。
蕎麦おごるんでっ。
ほんと頼んますっ」
たまたま、この屋台に立ち寄った壱は、そんな感じで主人に無理やり頼み込まれるという不幸に見舞われたらしい。
……やはり、呪いの屋台なのでは、と思いながら、静は訊いてみた。
「そのあやかし屋台を捕まえて、どうするおつもりなんですか? ご主人」
今、実際に目の前を走っているあかりのない屋台を見ながら主人は言う。
「この辺りに出ないよう、頼むんですよっ」
はあ、あやかしにですか、と思っているうちに、静たちは呪いのあやかし屋台に追いついてしまった。
屋台を引いているなにかが息切れを起こしたらしい。
……息切れするんだ? あやかし、と思いながら、なにも引いていないせいで身軽な静は、ひょいと呪いの屋台に近づいた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~
菱沼あゆ
キャラ文芸
クリスマスイブの夜。
幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。
「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。
だから、お前、俺の弟と結婚しろ」
え?
すみません。
もう一度言ってください。
圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。
いや、全然待ってなかったんですけど……。
しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。
ま、待ってくださいっ。
私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。
都市伝説探偵イチ2 ~はじまりのイサキ~
菱沼あゆ
キャラ文芸
『呪いの雛人形』を調査しに行くというイチ。
乃ノ子はイチとともに、言霊町の海沿いの地区へと出かけるが――。
「雛人形って、今、夏なんですけどね~」
『呪いの(?)雛人形』のお話完結しました。
また近いうちにつづき書きますね。
侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~
菱沼あゆ
キャラ文芸
仕事でミスした萌子は落ち込み、カンテラを手に祖母の家の裏山をうろついていた。
ついてないときには、更についてないことが起こるもので、何故かあった落とし穴に落下。
意外と深かった穴から出られないでいると、突然現れた上司の田中総司にロープを投げられ、助けられる。
「あ、ありがとうございます」
と言い終わる前に無言で総司は立ち去ってしまい、月曜も知らんぷり。
あれは夢……?
それとも、現実?
毎週山に行かねばならない呪いにかかった男、田中総司と萌子のソロキャンプとヒュッゲな生活。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
白鬼
藤田 秋
キャラ文芸
ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。
普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?
田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!
草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。
少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。
二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。
コメディとシリアスの温度差にご注意を。
他サイト様でも掲載中です。
四葩の華獄 形代の蝶はあいに惑う
響 蒼華
キャラ文芸
――そのシアワセの刻限、一年也。
由緒正しき名家・紫園家。
紫園家は、栄えると同時に、呪われた血筋だと囁かれていた。
そんな紫園家に、ある日、かさねという名の少女が足を踏み入れる。
『蝶憑き』と不気味がる村人からは忌み嫌われ、父親は酒代と引き換えにかさねを当主の妾として売った。
覚悟を決めたかさねを待っていたのは、夢のような幸せな暮らし。
妾でありながら、屋敷の中で何よりも大事にされ優先される『胡蝶様』と呼ばれ暮らす事になるかさね。
溺れる程の幸せ。
しかし、かさねはそれが与えられた一年間の「猶予」であることを知っていた。
かさねにだけは不思議な慈しみを見せる冷徹な当主・鷹臣と、かさねを『形代』と呼び愛しむ正妻・燁子。
そして、『花嫁』を待っているという不思議な人ならざる青年・斎。
愛し愛され、望み望まれ。四葩に囲まれた屋敷にて、繰り広げられる或る愛憎劇――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる