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暁の静 漆黒の乃ノ子 ~大正時代編~

あかりなし蕎麦

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 知らなくてもいいことって、なんなんだろうな~。

 怖いんだが……と思ったが。

 よく考えたら、自分はそれをすでに知っているはずだった。

 だって、自分の過去だからな、と授業中、教科書の文字がまったく目に入らないまま、乃ノ子は思う。

 世界史の時間だった。

 席は来た順、適当だからか、今日は神川が隣だった。

 ほんとうに世界史一緒だったんだな~と思ったとき、神川が口を開いた。

 なにか話しかけてこようとしたとき、乃ノ子はバタッと机に突っ伏していた。

「福原ーっ」
と神川が叫ぶ声が最後に聞こえた。



 ……唐突に寝てしまったようだ。



「追えっ、シズッ!
 あかりなし蕎麦だっ」
と言いながら、真っ黒な外套がいとうを着たいちが屋台を屋台の主人とともに引いて走る。

「ま、待ってくださいっ。
 って、壱さんっ、その屋台、置いていったらどうですかーっ?」

 なんで出会ったら呪われるという屋台を追いかけてんだーっ、と着物に下駄という実に走りにくい姿でイチを追いかけていて、静はつまづいた。

 この間見たな、此処まで、と静の中の乃ノ子が思っていた。

 なんで、出会うと不幸になるという『あかりなし蕎麦』の屋台なんて調べてるんだろうと思っていたのだが。

 雑誌に売るからではなく、あかりなし蕎麦と間違われて商売上がったりな屋台の主人に頼まれたからのようだった。

「うち、あかりあるのに~っ」
と屋台の主人は叫びながら一緒に走っている。

 あかりなし蕎麦というのは、本所の辺りに出ていたという幽霊屋台のことなのだが。

 いつ行っても行灯の火が消えていて、店主もいないらしい。

 その行灯にうっかり火をつけたら、不幸なことが起こるとか。

 その屋台に寄ったら不幸なことが起こるとか言われてる。

 そんな……、

 ……江戸時代の話だ。

 今、大正……と静は思ったが、有名な話なので、火の消えた屋台を見ると、みんな、あれを想像してしまうらしい。

「大体、なんでいまどき行灯だ。
 街灯の下でやるとか、白熱灯で煌々こうこうと照らすとかしてみろ。

 あんたの人の良さそうなマヌケ顔がよく見えて、誰も呪いの屋台とは呼ばなくなるだろうよ」
と走りながら、壱は主人に言っている。

「はあ、でもなんか美味うまそうじゃないですか。

 川のほとりにある屋台。
 薄暗い中、行灯のぼんやりとした灯りの中で、川風に吹かれながら啜る蕎麦」

「いいですねえ」
と走って息を切らしながらも、静は笑う。

 この店主の屋台には灯りがついてはいるらしいのだが。

 いつも営業している川の側が川風が強くて、何度か行灯あんどんの灯りが消え、それを見た人たちが、

「ひっ、あかりなし蕎麦っ」
と怯えて駆け出そうとして、こけるという不幸に見舞われたり。

 なかなかもう一度火がつかない中、通りかかった人がこちらを見て固まっていたので、主人が丼を手に、

「お、美味しいですよ、うちの屋台っ」
と言って、ニッと笑ったのが、月明かりを映して揺れる川面かわもの光にぼんやり浮かび上がって恐ろしく。

 その人が慌てて駆け出して、こけ。

 ……こけてばっかりだな、と静は思ったが。

 まあ、ともかく、この主人の屋台は、呪いのあかりなし蕎麦の汚名を着せられてしまったようなのだ。

「そもそも、本当に居るらしいんですよ。
 その、あかりなし蕎麦の屋台っ。

 あやかしのたぐいにお詳しいのなら、調べてくださいませんか。
 蕎麦おごるんでっ。

 ほんと頼んますっ」

 たまたま、この屋台に立ち寄った壱は、そんな感じで主人に無理やり頼み込まれるという不幸に見舞われたらしい。

 ……やはり、呪いの屋台なのでは、と思いながら、静は訊いてみた。

「そのあやかし屋台を捕まえて、どうするおつもりなんですか? ご主人」

 今、実際に目の前を走っているあかりのない屋台を見ながら主人は言う。

「この辺りに出ないよう、頼むんですよっ」

 はあ、あやかしにですか、と思っているうちに、静たちは呪いのあやかし屋台に追いついてしまった。

 屋台を引いているなにかが息切れを起こしたらしい。

 ……息切れするんだ? あやかし、と思いながら、なにも引いていないせいで身軽な静は、ひょいと呪いの屋台に近づいた。


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