63 / 94
「ふっかつのじゅもん」
ボロボロな二人
しおりを挟むその夜、乃ノ子は何処かで聴いたような曲の流れる、古い外国の街にいた。
夜霧に包まれた石造りの街。
ガス灯の下に、いきなりトレンチコートを着た謎の男が現れ、乃ノ子に銃を突きつけてきた。
画面が赤くなる。
『You Died』
反対側に進んでみた。
露出の多い赤いドレスの女が現れ、ナイフを持って突っ込んできた。
『You Died』
近くのビルに入ってみた。
床が抜けた。
『You Died』
うーむ、と思って目を覚ました乃ノ子は、イチに返してもらったあの黒いカセットをゲーム機にセットしてみた。
「これだ……」
と呟く。
今、夢で聴いたばかりの曲がオープニングで流れている。
イチの事務所で後藤がやるのを眺めていたとき、聴いた気がしたので、確かめてみたのだ。
あれがイメージに残って見た夢ならいいのだが。
どうもそうではない気がしていた。
イチに連絡すると、
「あー。
もともとはそのゲームが祟って出たかったのかもしれないな。
そこを誰かが作った他のゲームが乗っ取ったんだ。
お前の夢につながるパイプを乗っとるみたいに」
と言ってくる。
「いや、誰なんですか、それ。
っていうか、とりあえず、このゲーム、どうしたらいいんですか?
祟って出ないんじゃなかったんですか。
中古の店で買ってきたから」
「前の奴もクリアできなかったのかもしれないな。
頑張ってクリアしてみろ。
夢の中か現実で」
まあ、がんばれ、とあっさりイチは乃ノ子を見捨てた。
おそらく、そう害はない、と判断してのことだろう。
だが、起きてきた慎司がハードボイルドな感じの曲が繰り返されているテレビを見、あーっ、と叫ぶ。
「姉貴っ。
なにそのゲーム機使ってんだよ。
今、俺がやってんだよっ」
と文句を言ってきた。
RPGの方をちょっとやってみたら、ハマったらしい。
「なに言ってんの、受験生っ。
勉強しなさいよっ」
「息抜きにやってんだよっ。
これクリアできたら、大会で優勝できて、受験も合格する気がするんだっ」
いや、逆だろ……。
変な願掛けするな、と乃ノ子は思う。
だが確かに。
これに時間を費やさない方が勉強時間はとれるだろうが。
気分転換した方がはかどるというのには同意だ。
慎司がゲーム機を使わせてくれないという話をイチにしたら、組長のを貸りてくれた。
姉弟並んで、リビングでゲームをする。
「あー、進まない。
マイナーすぎて攻略サイトもないしー」
と乃ノ子は呟いたあとで、
「あっ、そうだっ。
後藤さんがくれた途中まで進んだパスワードがあったっ」
と叫んで、
「ズルすんな、自分で一から攻略しろっ」
と慎司に怒られる。
それがゲームの怨霊の声に聞こえて、乃ノ子は反省し、ちゃんと自力でやることにした。
それにしても、日の出を舞台にしたあのゲームの方はあれきり見ないけど、なんでだろうな。
あのゲームを作った人が気が済んだとか。
それか、なにか他に別の理由があって見なくなったのだろうか。
そう思ったとき、ふと、乃ノ子の頭に浮かんだ。
「もう寝たら? ののか」
とあの子ギツネが夢の中で言ってきた。
ののかって、確か、私が最初に都市伝説アプリで使った偽名……。
なんであの子ギツネちゃんが?
まあ……あれは実際のゲームじゃなくて、私の夢の中での出来事だから。
たまたま私が、あの偽名を思い出して夢に見ただけかもしれないけど――。
寝てもゲーム。
起きてもゲーム。
夢の中でまで、現実にやってるゲームのとこから進まないからたまらない。
「あいつとあいつを殴って、こいつを脅迫した。
次はなにをすればいいんだ……」
ブツブツと物騒なことを呟きながら、乃ノ子は今日もゲームのスイッチを入れる。
「大丈夫か、姉貴。
頑張ろうな、姉貴」
「ありがとう、弟よ。
あんた今日、大画面の方使っていいよ」
と励まし合う姉弟を母がキッチンから呆れたように見ていた。
ひとりでやると寂しいので、大きなテレビの横に小さなテレビを運んできて、二台並べてやっている。
曲や効果音が混ざって紛らわしいときもあるが、ひとりじゃないと思うと頑張れるっ、と乃ノ子は思う。
どんな努力と根性の感動物語だという感じだが、ただのゲーム廃人物語だった。
そんなボロボロのふたりは、ほんとうにボロボロだったので。
そのミスは起こるべくして起こったと言えるだろう。
先に叫んだのは、乃ノ子の方だった。
「パスワードが違うっ」
今日のゲームを再開するに当たり、苦労して、長い平仮名のパスワードを打ち込んだのだが。
その文字群は、
「パスワードが ちがいます」
とあっさりゲームに拒否されてしまった。
「昨日の私の二時間っ!」
と乃ノ子は叫ぶ。
確か寝る前にやった分は、この一度しかセーブしていなかった。
時間があったら、ちょっとその辺をうろついてから、もう一度、セーブ、とか。
パスワードを間違ったときのためにするのだが。
「もうちょっとマメにセーブしないと」
と遅れて電源を入れながら、慎司が言った。
「だって、この長ったらしいパスワード、書くのが大変だし……」
と言いかけたとき、ギャーッ、と慎司もこの世の終わりのような声を上げた。
大画面に表示されていたのは、
じゅもんが ちがいます
の文字。
「慎司ーっ」
と凶弾に倒れた弟に駆け寄るように、乃ノ子は叫ぶ。
「姉貴ーっ」
「あんた、受験勉強の合間にあんなに頑張ったのにっ」
「姉貴こそっ、肌荒らしてまで、時間割さいてゲームやってたのにっ」
母親は阿呆な子どもたちに嫌気がさしたのか、一応、ふたりに食後の珈琲を置いたあとで、自分のカップだけ持って、そっとリビングを出て行った。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる