上 下
62 / 94
「ふっかつのじゅもん」

夢に出た町

しおりを挟む
 

 暗黒の乃ノ子はイチにはなにも言わずに、バスに乗って、アニキに聞いた番地に行ってみた。
 
 思ったより、長時間バスに揺られる。

 外に広がる町並みを見ながら、乃ノ子は、

 言霊町ってこんなに広かったっけ?
と思っていた。

 日の出という地名のバス停で降り、少し歩くと、夢に出てきたのとまったく同じ場所があった。

 立ち並ぶ古いビル。
 少し朽ちた赤い提灯が下がった通り。

 狭い路地が幾つもある。

 すさんだ感じのするこの場所をすべて買い取り、綺麗に整地して、巨大ショッピングモールにでもするつもりだったのだろう。

 乃ノ子が問題のビルを探していると、路地から、ぴゅっと猫が飛び出してきた。

 此処であったが百年目っ、とばかりに乃ノ子は猫に手を伸ばす。

 ニャッとつかまった猫だったが、嫌がりもせず、乃ノ子の腕の中で、普通にゴロゴロ言っていた。

 人懐こい猫らしい。

 元々は飼い猫だったのかもしれない。

 では、やはりあのとき逃げたのは、『なんだかわからないモノ』に触られそうになったからだったのか――。

 猫を抱いたまま、少し歩くと、夢の中で猫が倒したポリバケツを見つけた。

 ポリバケツの蓋を開けてみながら、乃ノ子は周囲を見回す。

 猫に気を取られて気づかなかったが、あのビルを通り過ぎていたようだ。

 ポリバケツが移動していないのなら、ビルは、これより手前だったはずだからだ。

 上を見てビルの形状を確認しながら少し戻った乃ノ子は、問題のビルを見つけた。

 猫を抱いたまま、隅に土埃つちぼこりが溜まり、なんだかわからない黒い虫がひっくり返って死んでいたりする階段を上がっていった。

 うう。
 荒い画像のときはよくわからなかったけど。

 リアルに汚い……と思いながら。



 最上階に行くと、すでに扉は開いていた。

 夢と同じに、ワンフロアにひとつの大きな部屋の扉だ。

 その部屋の窓は太陽に面しているらしく、夕陽が開いた扉のところから廊下に強く差し込んでいた。

 なにかの気配を感じたように、猫は乃ノ子の腕から飛び出し、先に部屋の中へと入っていく。

 すると、中で衣服がこすれるような音がした。

 人がいる……。

 乃ノ子が、そっと部屋の中を覗くと、黒いスーツの男がしゃがんで猫をかまっていた。

 強い日差しを背にしているので、全体的に黒い影のようにしか見えないが。

 乃ノ子がその人物を見間違えるはずはない。

 こちらを見て、立ち上がった彼は、
「やはり気づいていたか、乃ノ子」
と言う。

 イチだった。

 彼の後ろのデスクには、あのときの縄があるようだ。

 デスクに近づいた乃ノ子は縄を見下ろし言った。

「だから、あのとき、此処に縄を置いて帰らせたんですね。
 現実のこの場所でも、縄が此処に存在しているか確認するために。

 あの夢の中のゲームは、この町を舞台にしているんですね。

 でも、町の中をリアルに再現しすぎたせいか、ゲームの中の町と現実の町がリンクしてしまった。

 だから、ゲームの登場人物以外に、実際の町に来た人や猫まで、うっかり登場してしまったんですね。

 触れないけど」

「そのようだな」
と言うイチの腕の中に、猫はすっぽり収まっている。

「ところで、なんで俺に内緒で此処に来た」

「止められそうだったからです」

「そりゃ止めるだろ。
 あの連中とかきたらどうする」
と言うイチと猫と一緒に部屋を出て、階段を下りる。

「いや~、アニキたちなら、もうお弁当屋さんの前で会っちゃいましたけどね。

 結構、気のいい人ですよね、アニキ」
と乃ノ子が言うと、イチは、

「そうだな。
 だから、蓮川の方が悪かったんだろうよ。

 まあもう、りただろうが」
と苦笑していた。

 猫を抱いてない方の手でスマホを取り出し、イチが言う。

日原にちはらと中田、どっちを呼ぼうか」

「えーと、おかしな話をはじめて都市伝説を増やさない方……」

 苦笑いしながら、乃ノ子は言った。

 廃墟の町を出かけて振り返る。

 一体、誰がこの町をゲームの舞台としたのだろう。

 そして、何故、私の夢にそのゲームが出てきたのだろう。

 そう思いながら。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 クリスマスイブの夜。  幼なじみの圭太に告白された直後にフラれるという奇異な体験をした芽以(めい)。 「家の都合で、お前とは結婚できなくなった。  だから、お前、俺の弟と結婚しろ」  え?  すみません。  もう一度言ってください。  圭太は今まで待たせた詫びに、自分の弟、逸人(はやと)と結婚しろと言う。  いや、全然待ってなかったんですけど……。  しかも、圭太以上にMr.パーフェクトな逸人は、突然、会社を辞め、パクチー専門店を開いているという。  ま、待ってくださいっ。  私、パクチーも貴方の弟さんも苦手なんですけどーっ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

処理中です...