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「ふっかつのじゅもん」

あの洞穴の先

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 あれ? 私、あの洞穴の中にいる……と乃ノ子は思った。

 あの0番ホームの先にあった洞穴だ。

 たどり着けなかった洞穴の突き当たり。

 特に広くもなっていないそこに、ぽん、と黒いひつぎがあった。

 ただの細長い木の箱なのに、何故か棺だと思う。

 それを見つめていると、いきなり内側から誰かが押し上げてきたみたいにゆっくりと棺のふたが持ち上がってきた。

 ひっ、と身を引いた乃ノ子は、中から身を起こしてきたものに、息を呑んだ。

 それは自分だった。

 十二単を着た肩を這う、地面につきそうな艶やかな長い黒髪。

 緋色の袴以外の衣がすべて白なので、巫女装束のようにも見えた。

 自分の前に立つ、自分そっくりな彼女の目がゆっくりと開きかける。

 ひーっ。
 結構ですっ、となにが結構なのかわからないまま思い。

 目を開けた彼女を見ないよう、目を閉じ、乃ノ子は後退していった。



「なにその夢」
と朝、自動販売機の前で彩也子が言ってくる。

「いや、なんだかわからないけど。
 自分と目を合わせるのって怖いじゃないですか~」

 乃ノ子はまた敬語になってしまい、睨まれる。

 いや、中身が大学生だと思うと、ついつい……と思ったとき、紀代が言った。

「もうひとりの自分に会う夢って、自分を見つめ直したいと思ってるとき見るらしいよ」

「そうなんだー。
 乃ノ子、反省しなよー」
と彩也子に言われ、

「いや、なにをよ?」
と言ってしまう。

「だってさ。
 自分を見つめ直したいんでしょ?」

 いやそれ、夢占い……。

 あの夢はなんて言うか。

 そういうんじゃなくて怖かった、と思いながら、乃ノ子は言った。

「っていうか、今日も寝坊?
 此処にいるなんて」
と彩也子に言うと、彩也子は目を閉じ、

「それなんだけどさー。
 なんか私、昼間も時折、此処にいるみたいなのよね」
と言い出す。

「今の私は、今の私として生きて生活してるんだけど。
 その私から、この私が分離して此処にいるみたいな感じ」

 紀代が、
「なんかまだ心に引っかかることがあるとか?
 高校生に戻って、この失敗だらけの人生やり直したいとか」
と彩也子に向かって、ズバリと言った。

 だが、彩也子は腕を組み、こちらを見下すように見て言う。

「誰が失敗だらけの人生よ。
 乃ノ子じゃないのよ」

 おい……。

「私の人生は順風満帆よ。
 挫折もしてない」
とキッパリ言い切る彩也子に、

「ドツキたくなるキャラだわ~」
と紀代は言っていた。

 今日も我々の時間に合わせてやってきたらしい風香は、ふたりのやりとりを笑って聞いている。

 そう。
 リアルな彩也子とも話したし、フルートの先生ともスーパーで出会って、あのあと話したが。

 彩也子の人生は、彼女の言う通り、まさに順風満帆で、何処にも影などないように思えた。

 でも――、

 じゃあ、なんでまだ、彩也子は都市伝説の中のトモダチとして、此処にいる……?

 乃ノ子はみんなと笑い合っている彩也子の白い横顔を見ながら考える。



「いっけない、遅れちゃう。
 じゃあね、彩也子~」
と手を振り、行こうとする紀代に乃ノ子もついて行こうとしたが。

「乃ノ子」
と彩也子が呼びかけてきた。

 ん? と振り返ると、
「……私、あれから思い出したことがあるの。
 此処にいる私が忘れていたこと」

『見知らぬ町』

 そう彩也子は呟いた。

「此処は私にとっての、見知らぬ町だったの。
 いつも夢で見てた」

「え? 現実にいる彩也子の?
 でも、彩也子は実際に、この言霊町にレッスンに通ってきてたんだよね?」

 彩也子の実家は言霊町ではないが、此処まで毎週レッスンに通っていたはずだ。

「見知らぬ町なのは、言霊町じゃなくて、此処!」
と彩也子は大きく手を広げてみせる。

「私、いつも駅からは、タクシーで教室まで通ってたの。
 それだと此処じゃなくて、上にある北側の広い道の方を通るから、此処は通ったことがないはずなの。

 だけど、いつも、此処の光景を夢に見てた。

 このお弁当屋さんも自販機もそれから……」
と言いかけ、彩也子はやめた。

「ともかく、此処こそが、私にとっては、行ったこともないのに何度も夢に見る『見知らぬ町』だったのよ」

 車が行き交う国道を眺めがら、彩也子はそう言った。


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