上 下
40 / 94
0番線ホーム

侵食される日常 ~最強のイケメン様~

しおりを挟む
 

「まあ、過去を思い出すのが、あいつにとって、いいことかはわからないけどな」

 あの自動販売機の空間を出たあとで、イチはそう言っていた。

「そうですね。
 なにかあったから、あそこに留まってるんでしょうから、トモダチ。

 でも……、

 ずっとあそこにいたいと思ってるわけでもない気がするんですよ」
と言いながら、乃ノ子は街を照らす夕日に目をしばたたく。

 イチを見て笑った。

「なにか変です」

 ん? とイチが振り返る。

「いえ、イチさんとこの歩道橋歩いてるのが。
 なんだか不思議な感じです」

 乃ノ子は歩道橋から弁当屋を見下ろし、言った。

「あのトモダチがいる辺りで、都市伝説の話とかすることが多いから。
 それが終わって、この歩道橋を上がってくと、いつも日常に帰ってく感じがするんですよね。

 ……いや、実際には、この上を、さっちゃんが駆け抜けたりもしてますけどね」

 家にも来るしな、さっちゃん。

 でも、イチさんと此処を渡ると、なんだか、今までの区切りを飛び越えて、都市伝説がすごく身近な日常まで浸食してくる気がする――。

 乃ノ子がそんなことを考えていたとき、下から叫び声が聞こえてきた。

「あーっ、乃ノ子ーっ」

 紀代と風香だ。

「乃ノ子がっ。
 イケメンと歩いてるっ!」

 すごいイケメン~ッ! と叫ぶ彼女らの声を聞きながら、乃ノ子は、

「イチさん、みんなに見えてるじゃないですか」
と思わず呟いて、

「むしろ、何故、見えないと思った……」
と言われてしまう。

「大学でお前の先生にも会ったし、タクシー運転手にも会ったろう」

 いやー、ああいう都市伝説を探してるときの特殊な空間じゃなくて。

 普段歩く道で、普段話してる友人たちに見えるって言うのが。

 当たり前だけど、なんだかびっくりなんですよ~と思いながら、駆けてくる紀代たちを待つ。

 みんなで話しながら、イチとともに歩道橋を渡り切り、反対側の道に下りたったとき。

 いつも黄昏の中で探している都市伝説たちが、この言霊町にじわじわと広がっていくような……

 そんな気がした。




「で、何故、私は今此処に?」

 深夜、乃ノ子は言霊駅前に来ていた。

「お前のお母さんが行ってこいって言ったからだろ」

「お母さん、イチさんの話、全然聞いてなかったと思いますよね~」

 腕組みした乃ノ子は、小首を傾げながらそう言った。

 夜遅くに、
「夜分にすみません」
とイチが訪ねてきて。

 イチのイケメンっぷりに舞い上がった母親が、
「そうなんですか。
 大学の調査で。

 うちの乃ノ子なんかが役に立ちますのなら、どうぞどうぞ」
とあっさり娘を送り出したのだ。

「志田先生が貸してくれた名刺、見もしなかったですよね~」

 大学の学術調査のために、都市伝説を調べている、と意味不明な供述をするイチさんを何故、あっさり信じるのか。

 超絶イケメン様、最強だな、と乃ノ子は思っていた。

 イチが志田に今回の話をすると、
「僕も付き合いたかったんですけどね~」
と言いながら、名刺を貸してくれたらしい。

「そもそも志田先生、民俗学とかの先生じゃないのに」

 乃ノ子は、ハッキリ、理学部と書いてある名刺を見ながら言った。

「それにしても、イチさん、志田先生とあれから付き合いあったんですね」

「あったというほどではないが。
 あの男、都市伝説に興味があるらしい。

 こっちとしても、ああいう信用のある立場の人間が協力してくれると助かるしな」

「志田先生、どうやってイチさんと連絡とってるんです?」

「この間、電話帳見たら出てたと言っていた」

「……イチさん、電話帳に載ってるんですか?
 っていうか、いまどき、電話帳ってあるんですか?」

「あるぞ。
 そして、うちの事務所の番号が出ていたり、出ていなかったりするらしい」

 なんなんですか、それは……。

「とりあえず、志田先生の見た電話帳には出てたってことですか?」

「志田は、あの公衆電話の下にある電話帳で見たようだ」

「例の図書館裏の公衆電話ですか。
 それは賢いですね、志田先生」

 確かにあそこかならありそうだな、と乃ノ子は思った。



 遅い時間とはいえ、駅構内には、まだ帰宅する人たちの姿が結構あった。

「現れるんですかね?
 こんな中に突然、0番線が」
と言いながら、乃ノ子たちは改札をくぐる。

 そのままホームに行こうとしたが、乃ノ子は足を止め、振り返った。

 今は路線図や券売機やチャージ専用機しかない改札近くの壁を見る。

「……なんか此処に来ると、イチさんにこき使われていたことを思い出すんですけど」

「そんなに記憶も戻ってないくせに」
とイチはさっさと前を歩きながら言ってくる。

「なんでわかるんですか」
と追いついて階段に向かいながら言うと、

「俺と普通に会話してるから」
と言ってきた。

 いや、どういう意味なんですかね、と思いながら、階段を上り、下りたそこは0番線ホームだった。



「こんなに簡単に現れていいものなんですかね? 0番線」

 しかも、気がつけば、あれだけ行き交っていた人々の姿はまるでなく、ホームには乃ノ子とイチしかいなかった。

「霧が出てきましたよ。
 お約束ですね」

「霧かな。
 お前、霧、かすみもやの違いがわかるか」

「今、クイズはいいです……」
と言っている間に、列車の到着を告げているらしい、聴いたこともない音楽が0番線ホームに流れはじめる。

 白く霞む闇の中、近づいてくる列車の前照灯。

 やがて現れた、見たこともない黄色い車体の列車が目の前に止まる。

 シューっと音を立て、扉が一斉に開いたが、中には誰もいないようだった。

 がらんとした車両の中を見ながら、乃ノ子は言った。

「……あの~、これ、乗らなくてもいいですかね?」

「お前、此処まで、なにしに来た……」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

処理中です...