38 / 94
幽霊タクシー
都市伝説の正体
しおりを挟む「よ、よかった。
消えなくて」
なんとか消えないまま目的地に着き、イチがお金を払ってくれて降りた。
「今度また乗るときまでに、なんか仕入れとくよー」
と言ってくれる中田に、乃ノ子は、
「ありがとうございます。
タクシー以外の話でもいいですー」
と手を振る。
はいよー、と笑って、中田のタクシーは去っていった。
「イチさん、タクシー代払いますよ」
「いや、いい」
「じゃあ、半分出します」
「いや、いい」
「探偵の仕事、儲かってるんですか?」
「儲かってはいない」
じゃあ、と言いながら振り向いた乃ノ子は、イチの家の門を見た。
「……今、猛烈に払わなくていい気がしてきましたよ」
「これ、親の家だから、俺が金持ってるわけじゃないからな」
イチが蔦の絡まった門柱にあるチャイムを押す。
すぐに自動で鉄の門が開いた。
「あ~、そういえば、紀代たちが言ってましたよ。
ジュンペイさん、すごいお坊ちゃんらしいって」
乃ノ子はイチと一緒にその豪邸の門を潜る。
「な、実家は普通だろ?」
ライトアップした陶器などのある屋敷の中を歩きながら言うイチに、乃ノ子は言った。
「そうですね。
すごく普通の……高級住宅地の、
すごく普通の……豪邸ですね」
イチに連れられ、リビングを覗くと、夕食前のひととき、談笑して過ごしていたらしいイチの両親がいた。
品の良い紳士といった感じの父親。
イチとジュンペイによく似た美しい母親。
「なんでこんな平和で恵まれたおうちで育ったのに、こんなことに……」
と思わず、呟いてしまい、
「こんなことにってなんだ……」
と言われてしまったが。
いや、生まれたときから幸せを約束されていたようなイチが、何故、こんな生きているのか死んでいるのかわからない状態になってしまったのか気になったからだ。
「こんなもなにも、俺は最初からこんな感じだ。
この世にいるような、いないような……」
そうイチが呟いたとき、乃ノ子は彼の両親が驚いたように自分を見ていることに気がついた。
祈るように手を合わせ、二人は乃ノ子に近づいてくる。
やがて、涙を流しはじめた。
イチの母が乃ノ子を拝みながら言う。
「イチが彼女を連れてくるなんて初めてね。
早く言ってくれれば、なにか用意しておいたのに……。
――という普通の親子らしい会話をしたいんだけど。
なんで、私はあなたの彼女を見て、泣いて拝んでいるのかしら」
淡々としたその口調に、ああ、イチさんのお母さんって感じだな~と乃ノ子は思った。
イチはそんな母親には答えず、乃ノ子に言う。
「うちの親は、お前のかなり昔の知り合いだったようだな。
もうちょっと最近の知り合いなら、誰々の仇ーっとか叫びながら、お前に襲いかかってくるはずだから」
その辺の鎌とか持って、と言うイチに乃ノ子は叫んでいた。
「だから、前世の私は一体、なにをしてたんですかね~っ?」
晩ご飯までご馳走になり、また来てね、とイチの両親に送られた乃ノ子は、帰りのタクシーの中で、
「あのー、この都市伝説、都市伝説アプリのメモに書き込んでも大丈夫ですか?」
とイチに訊いてみた。
「イチさんですよね?
都市伝説の正体」
だが、イチは、
「まあいいんじゃないか?
また俺も消えることもあるかもしれないし」
と呑気なことを言ってくる。
また同じ現象が起こるかもしれないので、都市伝説として伝えておけと言うのだ。
いやいや。
消えない方法はないんですか、と思いながら、乃ノ子はフロントガラスに映る静かな夜の道を見て言った。
「そういえば、気になってる都市伝説があるんですよ。
例のトモダチが言ってたやつなんですけどね」
『夕方5時ごろ、救急車の赤い光を学校近くの交差点で見ると、知らない間に悲鳴を上げてしまう』
「具体的すぎるといえば、具体的すぎるというか。
ちょっと意味がわからないというか……」
「その都市伝説に遭遇しても、悲鳴を上げてしまうってだけなら害はないだろうけどな」
「……彼女、誰かから聞いたわけじゃないって言ってたんです。
だったら、それって、彼女自身の身に起こった都市伝説なんじゃないかなって思ったり。
だったら、そのせいで、彼女、ずっと、あそこにいるとか?」
彼女、何者なんでしょう……と乃ノ子は呟いたが、イチは窓の外を見ながら、
「何者って。
トモダチだろ、お前の」
と軽く言ってきた。
まあ、そりゃそうだな、と乃ノ子は変に納得する。
彼女がどんな理由であそこにいて。
なにを思って、友だちのフリをして、乃ノ子に話しかけてきたのか知らないが。
「……友だちは友だちですよね」
そう乃ノ子が笑ったとき、イチのスマホに電話がかかってきた。
「誰だろうな?
もしもし」
とすぐに出てイチは言う。
もしもしって言うのは、あやかしではない印……か、と思っていると、スマホを耳に当てていたイチが乃ノ子の耳にそれを当ててきた。
「え? 誰ですか?
今、なにか忘れ物してきたとか?
それかジュンペイさん?」
他にイチの電話に出る用などない気がして、そう訊く。
すると、スマホから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『もしもし、私、乃ノ子ちゃん。
オトモダチになってね……』
ひっ、と思った瞬間、乃ノ子はプチッと通話を切っていた。
スマホを手にしたまま固まる。
「……イチさん、今の声」
「お前だな」
と言いかけて、イチはハッとしたように外を見た。
車が山の方、あの図書館の方に向かっている。
二人は沈黙しているタクシーの運転手を見た。
若い運転手は青白い顔をして、ぼんやり前を見ている。
「おい、お前」
とイチが運転手に向かい、呼びかけた。
「行き先が違うようだが」
「そんなことありませんよ……」
「郵便局の近くまでって言ったろ?」
「こっちですよ、郵便局……」
「そっち図書館だろうが」
「……いいえ、こっちが郵便……」
そう言いかけ、運転手は泣き出した。
「すみません~っ。
間違えましたっ。
僕、先週からなんです、この仕事っ。
先輩が道間違えても、酔っぱらいなら気づいてないから。
こっちで合ってますよって言い切れって言うから~っ」
「いや、そもそも、俺たち酔っぱらってないからな……」
すみません~っ、と新米運転手は泣いている。
だが、話題がそれてよかった、と乃ノ子は思っていた。
今の電話、本気で怖かったから……。
「ほら、タクシーの運転手なら美味しい店知ってるって都市伝説があるじゃないですかっ」
それ、都市伝説なんだ……?
「僕、まだ知りませんけど。
先輩に訊いて、今度教えますから許してください~っ」
「俺たち、今度、いつ、お前のタクシーに乗るんだよっ」
とイチは、その運転手、日原と揉めていた。
乃ノ子は、今は街灯しか明かりがない図書館周辺を見上げる。
『もしもし、私、乃ノ子ちゃん。
オトモダチになってね……』
『幽霊タクシー』完
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる