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ムラサキカガミ

ムラサキカガミの真実

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「よ、余計なものってなんですか」

 乃ノ子は目をふさがれたまま、イチに訊いてみた。

「その鏡はただの鏡だ。
 少し映り方がおかしいようだが」

 えっ? と乃ノ子は振り向こうとしたが、イチに腕もつかまれているので動けない。

「だが、お前はよそで余計なものを拾ってきている。
 たぶん、あの公衆電話だ」

 そう言いながら、イチは乃ノ子から手を離した。

 鏡が遠くに見えるが、おかしなものは、もう映ってはいなかった。

 乃ノ子しか映っていない。

 映っていない……。

「あの~……。

 おかしなものが映る以前に、貴方が映ってないみたいなんですけど」

 そう乃ノ子はイチに訊いた。

 志田は立っている位置の関係で映っていないようなのだが。

 イチは乃ノ子の真後ろにいるのに映っていない。

「ああ、すまん。
 気を抜いていた」
と言いながら、イチは呑気に出してきた煙草に火をつける。

 闇夜に浮かぶその火を見ながら、志田が眉をひそめた。

「此処、禁煙ですよ」
と言ったが、イチは煙を吐き出し、風に流れていくそれを見ながら言う。

「いやなに。
 吸いたくて吸ってるわけじゃない。

 ヘビでもいぶし出すように、霊を祓おうと思って」

 線香だとでも思ってくれ、と言いながら、イチは乃ノ子の方にその煙草の先を向ける。

 乃ノ子が煙草の匂いに咳き込んだ。

 煙草をくわえ、イチは改めて鏡を見て言った。

「なるほど。
 これは女性たちに夢を与える鏡だな」

「えっ?」

「お前の従姉とやらにも、よく話を聞いてみろ」

 志田は、さっきまで映っていなかったイチが鏡に映り、普通に目の前で語っていることが逆に怖いらしく。

 青ざめた顔で訊いてきた。

「……福原、俺は起きたまま夢でも見てんのかな」

「じゃあ、先生と私、同じ夢見てるんですね。
 オソロイですね……」

 はは、と乃ノ子も志田も鏡に映るイチを見ながら力なく笑う。

 でも、イチさんに関しては、鏡に映らないことより、この出来すぎた美貌が怖いんだが……、
と乃ノ子は、すぐそこに居るイチを窺いながら思っていた。



 それからすぐに乃ノ子はスマホから従姉の友子ゆうこに電話した。

「なによー。
 もうひとりで鏡見に行っちゃったのー?

 土曜にオチ話そうと思ってたのにー」

 ……オチのある話だったのか、と乃ノ子が思ったとき、

「いやいや、私の未来が変わったのはほんとうなのよ」
と友子が語り出す。

「友だちの道香みちかがさ、あの部室棟の鏡の話を教えてくれたのよ。

 あの鏡、綺麗に映るんだよって。
 なるほど、いつもとなにかが違うなって思って見てたの。

 そしたら、あの鏡、実際よりやせて映る鏡だったのよ。

 私の部屋にはユニットバスにある小さな鏡しかないじゃない。

 身体まで映んないのよね~。
 だから、暴飲暴食しても、あの鏡見ると安心しちゃってさ」

 太っていっている自分に気づかなかったと友子は言う。

「そんなこんなで私が体型崩してる間に、鏡のこと教えてきた道香が相沢くんと付き合いだしちゃったのよっ。

 呪いよっ。
 鏡の呪いにして、道香の陰謀よっ」

「……いや~、それたぶん、鏡関係ないんじゃないかなあ。
 友ちゃん、そんな太ってないし」

 という言葉が、果たして、彼女にとって慰めになるのか、トドメになるのか難しいところだった。

 大抵の場合、女子の言う『すごく太った』は、他人が見たら、

 ……どの辺が?
と首をかしげる程度のことなのだ。

 だから、たぶん、フラれたのは鏡のせいで太ったことが原因ではない。

 だが、友子は叫ぶ。

「あの鏡のせいで、私と相沢くんが付き合う未来が消えのたよーっ」

 ま、まあ鏡のせいにして気が晴れるなら、と乃ノ子は思う。

 でもそうか、それで、あんたには効果ないかもと言ったのか、と気がついた。

 乃ノ子のうちには、全身を映す大きな鏡があることを友子は知っているからだ。




「しかし、納得いきませんねえ」

 スマホを閉じて、乃ノ子は言った。

「なにがだ」
とイチが訊いてくる。

「鏡は結局、ただの鏡だったのに、前回より怖い目にあったような……」

「そりゃ、お前が余計なことして、おかしな動きをしたからだろう。

 そうだ。
 この大学に運命が変わる鏡があるとかウワサ流してみろよ。

 そのうち、ほんとうになるかもしれないぞ」

 いわしの頭も信心って言うだろ、と言うイチに、志田が言う。

「いや、うちの大学のおかしなウワサを流さないでくださいよ、探偵さん~」

 志田のその言葉を聞いたとき、何故かイチは、ふっと笑った。

 思わず見惚れてしまうような、この世界から遠いところにあるような笑みだった。

 はっ、見入ってしまった、と乃ノ子が正気に返ったとき。

 何故か、志田も、はっ、見入ってしまったっ、と正気に返ったようだった。

 いや、センセー……と思ったが。

 確かに男でも見惚れそうな顔だった。

 志田に礼を言って別れ、乃ノ子はイチとふたり、夜道を歩く。

「すみません。
 今回、なんにもならなかったですね。

 ああ、鏡のウワサが広まれば別ですが」

「そうでもないぞ。
 ひとつ手に入れたろ、『此処ではない何処かにつながる公衆電話』」

「あ、そうでしたね……」

「あとでまとめて都市伝説アプリのメモに入れとけ。
 一応、鏡の話も」
と言ったあとで、イチは短くなった煙草の最後の煙を吐き出して言う。

「……ところで、お前。
 なんであの公衆電話のことを知ってた」

 乃ノ子は考える。

「聞いたからですよ」

「……誰から?」

 トモダチから……、

 そう呟くように言う乃ノ子の頭には、陸橋とその向こうに見える夕陽が浮かんでいた。




「ねえ、知ってる――?

 友だちの友だちが言ってたんだけど……」




               「ムラサキカガミ」完


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