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これは、パクチーによる暴力だ
おやすみなさい、逸人さん
しおりを挟む……逸人さん、此処、外です。
人居ないけど……。
すぐに手を離した逸人は、
「ああ……でも、これは俺にとって、いいことだったな」
と呟きながら行ってしまう。
いやいや。
そもそも、一台しか見てませんしっ。
っていうか、今のが逸人さんにとって、いいこととか。
まさか、逸人さんが私を好きだなんて――。
いや……ないですよね。
そんな恐れ多い。
やっぱり、お父さんに呑まされ過ぎて、酔っているのでしょうか?
とトレンチコートを着たその背中を見つめる。
それとも、これは、頑張って、パクチー育てて食べた自分への神様からのご褒美だとか?
蒔いた方の種は、何故か未だ出ませんが、と思いながらも、いつの間にか立ち止まっていた自分に気づき、芽以は急いで逸人に追いついた。
「待ってくださいーっ」
と言いながら、横に並ぶと、逸人はこちらを振り向き、
「芽以、手袋してないじゃないか」
と言ってくる。
そういえば、忘れてきたな、と思っていると、逸人は追いついた芽以の右手をつかみ、自分のポケットに入れた。
「……あったかいです」
うん、とだけ言って、逸人はそれ以上なにも言わず。
二人はそのまま寒い夜道を歩いて帰った。
眠る前、芽以は暗がりの部屋で、まだ芽の出ない鉢に向かい、話しかけた。
「頑張ってね。
私も頑張る」
店の仕事なんて、慣れないはずなのに、逸人があれだけ上手く店を回せているのは、目に見えない部分で、最大限の努力を積み重ねているからだと、今日、改めて感じた。
「私も頑張る」
逸人さんの助けになるように、と思いながら、機嫌のいい芽以は、なんとなく、南京錠をかけて寝た。
せっかく逸人さんが用意してくれたものなのに、最近使ってなかったな、と気づいたからだ。
芽以は、
「おやすみなさい、逸人さん……」
と呟いて眠り、いい夢を見た。
「芽以……?」
疲れ果てていた芽以がすぐに眠りに落ちた少しあと、聖に言われたこともあり、覚悟を決めた逸人が芽以の部屋のドアを叩いていた。
だが、返事はなく、
「芽以?」
ともう一度、呼びかけながら、逸人はノブを回してみた。
もう寝ているのなら、せめて、寝顔だけでも見たいと思ったからだ。
芽以の寝顔を見るだけで、なんだか、ホッとするからだ。
仕事を終えた一日の終わりに、黙って芽以の寝顔を見ているだけで、きっと俺は一生癒される、と思っていた。
だが、ドアを開けようとした逸人は、中から南京錠がかけられていることに気がついた。
何故だ、芽以っ。
最近、かけてなかったのにっ。
さっきまで、いい雰囲気だったのにっ。
何故、俺を拒絶するっ、芽以っ、と逸人はまったく表情に出ないまま、しばらくそこで、ひとり苦悩していた。
砂羽と日向子が見ていたら、
「いやもう、あんたたち、勝手にやって……」
と言うところだろうが。
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