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これは、パクチーによる暴力だ
魔王が……っ!
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「無理はするなよ」
と逸人は言った。
一発目の海鮮炒めは、たぶん、もっともパクチーの匂いがしない料理として、逸人が選んだものだ。
だが、これは……と芽以は、ピザの上に鮮やかに盛られたパクチーを見ながら惑う。
しかし、日々育てた、パクとチーとの思い出が蘇ってきた。
ああ、いや、パーとクーとチーか……と既に錯乱しながらも、芽以はピザに手を伸ばした。
一週間という短い期間ではあったが、朝日を浴びたパクチーに話しかける日々。
窓を開けると、風にそよいで、挨拶を返してくれるように見えていたパクチー。
「いただきます」
と手を合わせ、神妙な顔でピザを手に取ったが、逸人は、
いや、お前、もうさっき、パー、クー、チーの一部食ったろ、という顔をしていた。
ぱくりと口に入れ、噛んでみる。
アンチョビの味しかしなかった。
私の愛が勝ったかっ、と思ったのだが、すぐに鼻を突き抜けるような匂いがしてきた。
倒したはずの魔王が、大軍を引き連れて戻ってきた気分だ。
「死ぬほど臭いですっ!」
「……新鮮だからな」
そう言った逸人には、こうなることはわかっていたようだ。
一生懸命育てて、情が移った、まではいいが。
新鮮採りたてな分、香りも鮮烈だった。
だが、パクチーの匂いを消すために、急いで海鮮を口に運んでいた芽以は気づいた。
はっ、せっかく調理してくださったのに、死ぬほど臭いとか言ってしまったっ!
いや、パクチー料理としては、褒め言葉に当たるのかっ?
そう思いながら、逸人を窺うと、彼は微笑み、自分を見下ろしていた。
――何故っ?
せっかく逸人さんが作ってくださった料理を苦い顔で呑み下した私のような無礼者に、何故、そんな優しげな顔をっ。
申し訳なくなった芽以は、更に、パクチーと触れ合おうとした。
「芽以……」
と逸人は止めようとしたが、もう一口、生パクチーピザを口にする。
芽以は俯き、吐くのをこらえた。
これを食べて、にっこり微笑めたら、逸人さんに言おうと思っていたことがあるのにっ。
彼がその話を聞きたいかはともかくとして、と思いながら、芽以は口許を押さえる。
「じ、人生がメタメタになるほどのダメージです……」
と呟いて、
「……ずいぶん軽い人生だな」
と言われてしまったが、いや、そんな感じだっ!
パクチーに出会ってから、何度も思っていたことを、また此処で繰り返し思う。
人は何故、こんなものを食べなければならないのかっ!
他に食べられるものいっぱいありますよっ?
パクチーというのは、ある日、突然、
「あ、美味しい……」
と思うようになるものらしいが、まだまだその域には達せられそうにもなかった。
息を止め、もしゃもしゃとパクチーを噛み砕いた芽以は、口の中のパクチーをすべて飲み干したあとで、水を飲んで呟く。
「なんかカメムシの方がマシな気がしてきました……。
今、カメムシなら食べられる気がします。
カメムシは何処ですか」
「落ち着け、芽以」
と錯乱している自分に冷静に逸人が呼びかけてくる。
哀れな自分を見下ろす逸人の慈愛に満ちた微笑みは、縮こまった胃に染み入る美しさだ。
ああ、それにしても、すごい匂いだ……。
運んでいるときの比ではない。
なにせ、身体の中から匂ってくるのだ。
美味しい食材も、この店も、逸人さんも。
この世界のすべてがパクチーに汚染されていく。
取材の女性と話したときに頭に浮かんだゾンビたちが、今、パクチーを手にこの街をさまよっていた。
いや、さまよっているのは、お前の頭だと言われそうだが。
ちょっと気が遠くなりながらも芽以は言った。
「私……逸人さんのために……、頑張りますっ」
切れ切れになってしまった言葉をなんとか最後まで押し出し、芽以はダッシュでその場から走り去った。
なんかもう、すべてがカメムシ臭かったからだ。
だが、パクチーの匂いはピザをつかんだ手にもついており、鼻に残るパクチーの香りを更に増幅させる。
洗面所で芽以は、いつまでもいつまでも、いつまでも、手を洗っていた――。
と逸人は言った。
一発目の海鮮炒めは、たぶん、もっともパクチーの匂いがしない料理として、逸人が選んだものだ。
だが、これは……と芽以は、ピザの上に鮮やかに盛られたパクチーを見ながら惑う。
しかし、日々育てた、パクとチーとの思い出が蘇ってきた。
ああ、いや、パーとクーとチーか……と既に錯乱しながらも、芽以はピザに手を伸ばした。
一週間という短い期間ではあったが、朝日を浴びたパクチーに話しかける日々。
窓を開けると、風にそよいで、挨拶を返してくれるように見えていたパクチー。
「いただきます」
と手を合わせ、神妙な顔でピザを手に取ったが、逸人は、
いや、お前、もうさっき、パー、クー、チーの一部食ったろ、という顔をしていた。
ぱくりと口に入れ、噛んでみる。
アンチョビの味しかしなかった。
私の愛が勝ったかっ、と思ったのだが、すぐに鼻を突き抜けるような匂いがしてきた。
倒したはずの魔王が、大軍を引き連れて戻ってきた気分だ。
「死ぬほど臭いですっ!」
「……新鮮だからな」
そう言った逸人には、こうなることはわかっていたようだ。
一生懸命育てて、情が移った、まではいいが。
新鮮採りたてな分、香りも鮮烈だった。
だが、パクチーの匂いを消すために、急いで海鮮を口に運んでいた芽以は気づいた。
はっ、せっかく調理してくださったのに、死ぬほど臭いとか言ってしまったっ!
いや、パクチー料理としては、褒め言葉に当たるのかっ?
そう思いながら、逸人を窺うと、彼は微笑み、自分を見下ろしていた。
――何故っ?
せっかく逸人さんが作ってくださった料理を苦い顔で呑み下した私のような無礼者に、何故、そんな優しげな顔をっ。
申し訳なくなった芽以は、更に、パクチーと触れ合おうとした。
「芽以……」
と逸人は止めようとしたが、もう一口、生パクチーピザを口にする。
芽以は俯き、吐くのをこらえた。
これを食べて、にっこり微笑めたら、逸人さんに言おうと思っていたことがあるのにっ。
彼がその話を聞きたいかはともかくとして、と思いながら、芽以は口許を押さえる。
「じ、人生がメタメタになるほどのダメージです……」
と呟いて、
「……ずいぶん軽い人生だな」
と言われてしまったが、いや、そんな感じだっ!
パクチーに出会ってから、何度も思っていたことを、また此処で繰り返し思う。
人は何故、こんなものを食べなければならないのかっ!
他に食べられるものいっぱいありますよっ?
パクチーというのは、ある日、突然、
「あ、美味しい……」
と思うようになるものらしいが、まだまだその域には達せられそうにもなかった。
息を止め、もしゃもしゃとパクチーを噛み砕いた芽以は、口の中のパクチーをすべて飲み干したあとで、水を飲んで呟く。
「なんかカメムシの方がマシな気がしてきました……。
今、カメムシなら食べられる気がします。
カメムシは何処ですか」
「落ち着け、芽以」
と錯乱している自分に冷静に逸人が呼びかけてくる。
哀れな自分を見下ろす逸人の慈愛に満ちた微笑みは、縮こまった胃に染み入る美しさだ。
ああ、それにしても、すごい匂いだ……。
運んでいるときの比ではない。
なにせ、身体の中から匂ってくるのだ。
美味しい食材も、この店も、逸人さんも。
この世界のすべてがパクチーに汚染されていく。
取材の女性と話したときに頭に浮かんだゾンビたちが、今、パクチーを手にこの街をさまよっていた。
いや、さまよっているのは、お前の頭だと言われそうだが。
ちょっと気が遠くなりながらも芽以は言った。
「私……逸人さんのために……、頑張りますっ」
切れ切れになってしまった言葉をなんとか最後まで押し出し、芽以はダッシュでその場から走り去った。
なんかもう、すべてがカメムシ臭かったからだ。
だが、パクチーの匂いはピザをつかんだ手にもついており、鼻に残るパクチーの香りを更に増幅させる。
洗面所で芽以は、いつまでもいつまでも、いつまでも、手を洗っていた――。
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