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夫ですが、緊張します
おやすみ……芽以
しおりを挟む「おやすみ、芽以」
と言って、逸人は目を閉じた。
今日は俺にしては上出来だな、と思いながら。
手を握るくらいなら、芽以も文句は言うまい。
昔、我慢してパクチーを食べたら、次の日、芽以が遊びに来たとき、圭太が歯医者に行っていて、居なかった。
芽以が、
「今日は圭太、居ないから、二人で遊ぼうね」
と言って、にこっと俺に笑いかけてきた。
緊張して上手く遊べず、芽以はつまらなさそうだったのが、残念だったが、貴重な二人だけの思い出だ。
あのみんなでカウントダウンに行ったときも、最初は芽以は自分の側に居た。
寒い寒いとみんなは言って、ウロウロしていたが。
自分はあまり寒さがこたえない体質なのか、気にならないのか、そう寒くは感じなかったので、花火が上がるのを待ちながら、ベンチに座ってじっとしていた。
そのとき、
「寒いですねー」
と言って、芽以が側に来た。
ひょい、と横に座る。
兄貴と居なくていいのかと思いながらも、夕方、アトラクションに乗ったときの話を楽しそうに語る芽以の話を聞いていた。
やがて、圭太がやってきて、
「観覧車越しに見た方が綺麗だってよ、花火」
と芽以を誘う。
芽以は自分も誘ってくれたが、一緒に行っては悪いかと思い、もうちょっとしたら行くと言って、そこにとどまった。
微かに雪が降る中、自分は、芽以が居なくなったベンチをひとり見つめていた。
ベンチには、きっと、まだ芽以のぬくもりが残っているのに――。
顔を上げると、芽以たちはもう橋のところまで行っていた。
芽以がくしゃみをし、圭太が笑って、自分のマフラーをかけてやっている。
祖父のイギリス土産で、圭太が大事にしているものだ。
圭太は躊躇無くそれで芽以をぐるぐる巻きにしていた。
鼻水つくぞ……と思いながら、遠目に見ていた。
笑いながら行ってしまう二人が、あのとき、確かに恋人同士に見えていたのに――。
逸人は今、手の先に居る芽以を見る。
彼女が、此処に居ることが今も信じられない。
だが、
「……芽以」
と呼びかけてみたが、返事はなかった。
寝てる!
もうかっ!?
手をつないだ瞬間は緊張してる風だったのに。
逸人はつないだ手は離さないまま、近くに行く。
空いている方の手を芽以の顔の横につき、上からその顔を見下ろした。
子どもの頃から変わらない、あどけない顔がそこにある。
昼間、慣れない仕事を必死にやっている芽以を思い出し、爆睡しているが、疲れてるんだろうな、と思った。
受付の接客と店の接客はまた違うだろうから。
「おやすみ……芽以」
とそっと彼女が起きないように、その額に口づけた。
身じろぎすることもなく、芽以は眠っている。
なんだか笑ってしまった。
笑ってしまったが……。
街の灯りでそんなに暗くはない部屋の中、芽以を見ていると、なんだか落ち着かない気持ちになり。
自分が一緒に寝ようといったくせに、結局、布団を芽以の部屋に抱えて行き、ひとりで寝た。
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