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娘さんをください

親に真実は告げられません

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「あの、突然なんですが」
と言ったあとで、逸人にしては、珍しく言い淀む。

 そして、他に言葉を思いつかなかったように言った。

「……娘さんをください」

 前振りはーっ!?

 お嬢さんとおつきあいさせていただいてるんですが、とかないのかっ。

 ああ、つきあってはなかったかっ。

 だから、逸人もどう言ったものか迷っていたのだろう。

 さすがに親に向かって、兄から彼女を押し付けられたので、とは言えないだろう。

 やったーっ、娘が片付くっ。

 しかも、こんな金持ちでイケメンの婿のところにっ、ということが母の顔に全部書いてあり、もしや、私もいつも顔にこんなにいろいろ書いてあるのだろうかと不安になった。

 なにせ、親子だからな……。

「そうか。
 式はいつだ?」
と聖はすぐにそう訊いていたが、父はなにも言わなかった。

 いつの間にか、また側に来ていた水澄が、
「お義父さん、ご機嫌ななめね。
 まあ、うちの父もそうだったから」
と笑う。

「しかも、聖さんは、逸人さんと違って、何時間も言わなかったのよ。
 父は呆れて、途中で、煙草買いに行っちゃったわ」

 それでも聖は、ひとり和室に正座して、うつむいていたのだと言う。

 ……我が兄ながら、駄目な人だ。

 だが、今は、なかなか父親に申し込めないくらい、真剣に水澄と、彼女を今まで育ててくれた彼女の両親、そして、彼女との今後のことを兄が考えていたのだとわかる。

 逸人さん……。
 今、めっちゃ、さらっと言いましたね?

 私のこと、なにか考えてくれてますか?

 ……くれてるわけないか、と思いながら、ダイニングのテーブルで母と水澄と翔太で、ケーキを食べる。

 母たちは、式のことばかり気になるようで、いろいろ訊いてくるが、やるかどうかもわからない式のことなど、答えようもない。

「なんだ。
 なにも決めてないの?

 じゃあ、いつ結婚するのよ」
と母はだんだん不機嫌になってきた。

「早くしなさいよ。
 途中で破談にされたらどうするの。
 逸人さんはあんたと違って、いいお話がいっぱい来るのよ」

 ……まったくですよ。

 私と結婚する必要など何処にもない人ですよ、と思いながら、取っておいたイチゴを翔平に食べられそうになりながら、ケーキを食べていた。

 気がつくと、兄と逸人、そして、それについて父親は、中庭に出ていた。

 この間、父親の趣味で作った足湯があるのだ。

 ライトアップされたそこに入り、三人で談笑している。

 というか、兄と逸人が話していて、父はそれを眺めている。

 大丈夫だろうかな、とハラハラしながら見ていた。

 娘はやらんとか、言い出さないだろうか。

 いや、やらなくてもいいのだが、揉め事は嫌いだ。

 なんでも、なあなあな感じで、ゆるっと生きていきたいと思っている。

 だが、それが悪かったような気もしている。

 圭太が時折、思い詰めたような顔をして、自分を見つめてくるのに気づいてなかったわけでもないのに。

 口に出して訊いたら、すべてが終わる気がして、言い出せなかった。

 いやまあ……彼を好きだったかと問われたら、よくわからないのだが。

 圭太が居て、みんなが居て。

 そんな、ずっと続いてきた、楽しい日常が消えてしまうのが、きっと嫌だったのだ。

 そんなことを考えながら、芽以はふたたび、父を見た。

 自分とちょっと似たところのある父親は揉め事を嫌うので、娘をやらんとは言わないだろう。

 でも、腹の底では不安に思っているはずだ。

 こんな婿で大丈夫だろうかと。

 なにしろ、婿の方が立派すぎる。

 いつ、浮気されたり、離婚されたりしてもおかしくない感じが自分でもしているからだ。

 っていうか。
 そもそも、逸人さんは私のこと、好きなわけでもないしなー。

 そこのところは父親には伝わってるかも、と思いながら三人の様子を窺っていた。

「春までに結納はしなさいよ」
と言う母親に、そちらを見ながら、

「いや、もう婚姻届は書いちゃったんだけど」
と言うと、まあ、と言う。

「じゃあ、早く出しなさいよ」
と言う母親に、水澄が、お義母さん、お義母さん、と苦笑いして言っている。

「式は後にするの?」
と水澄が訊いてきた。

「……たぶん」

「もう一緒に住んでるの?」
とうっかり訊いた兄嫁は、一瞬、あっ、余計なこと言っちゃったかな、という顔で、チラと母親を見たが、母が心配していたのは、違うことだった。

「ちょっとっ、あんた、妊娠してるんじゃないでしょうね」

 いえ、手も握っておりません。

 先程、軽く肩に手を回されただけて、ショック死するかと思った程度の関係です、と思う。

「じゃあ、式は早くしてよ。
 お腹出る前に写真だけでも撮っておいて」

 だから、なんの心配してるんですか……。

「せっかくそんな綺麗に産んであげたのにっ。
 いつか、あんたの花嫁姿を見るっていうのが、私の生きがいだったのよっ」

 普段は、翔平に夢中で、私のことは忘れておいでですよね……。

 そして、そのセリフは、成人式に振袖着たときにも聞きました、と思う。

 そのとき、笑い声が聞こえて、振り向いた。

 父と逸人がなにか話し、父親が笑っている。

 どうしたっ?
 なにが起こった?

 何故、いきなり和やかにっ!?

 なんだかんだ言いながらも、妹が嫁に行くというので、少し緊張していた風な兄の顔もいつの間にか、普段通りになっている。

 一体、なにがっ!? と義姉と母親の式と新居の話に付き合いながらも、芽以は何度もそちらを振り返っていた。


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