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ある意味、痴情のもつれで流血沙汰

泊まっていくか?

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「どうする? 今日から泊まっていくか」

 ふいに逸人がそんなことを言ってきた。

 このミルク、美味しいですね。

 取り寄せてるんだ、瓶入りのヤツを牧場から。

 へー、そうなんですかー、の次のセリフがそれだった。

 相変わらず、唐突な人だ。

 しかし、これは、どういう意味で言ってるんだろうな……?

 逸人が冷蔵庫から出してくれた瓶入り牛乳に描かれた、のどかな表情の牛を眺めたまま、芽以は固まる。

 妻として?

 じゃないよね、まだ結婚してないし。

 住み込み店員として?

 いや、まだ働いてもないですし。

 帰るおうち、あります、と思ったまま、芽以が返事をしないでいると、逸人は、

「ところで、お前、なんで、圭太と結婚しなかったんだ」
と訊いてきた。

 いや、それ、私の意志で決められるものなんですかね?
と思っていると、逸人は、

「圭太はいずれ、会社のために、甘城あまぎの娘と結婚するつもりでいたとは思うが。
 それでも、お前が強く押してたら、どうなってたかはわからないぞ」
と言ってくる。

 そ、そんなこと今更言われても……。

 っていうか、そもそも、自分が圭太のことを好きだったのかどうかもわからないし。

 いつもなんとなく一緒に居て。

 このままずっと居るんだろうなと。

 ただ、なんとなく思っていただけだ――。

「今ならまだ止められるかもしれないぞ」

 そんなことを逸人は言い出す。

「明日、圭太はその女と会うそうだ。
 イブがお前で、彼女がクリスマス。

 圭太の精一杯の誠意だろ」

 イブの方が盛り上がるからな、と逸人は鼻で笑う。

「それか、お前を先にしたのは、お前に止めて欲しかったのかもしれないぞ」

「……いや、でも、彼女に子どもができたみたいなこと言ってましたよ」
と言うと、

 そりゃ、もう、どうしようもないな、とらしくもなく入れてくれようとしたらしいフォローを逸人はそこで投げてしまった。

 もともとあった店を買い取ったものなのか。

 自分で買いそろえたものなのか。

 店内のものは、もうすべて整っていた。

 厨房から白と緑で統一された店内をぼんやり眺めながら芽以は言った。

「そもそも、私は圭太を好きだったのでしょうかね?」
と言って、そこからか……と言われてしまう。

 いや、だって、本当によくわからない、と思っていると、

「まあ、お前は、ぼーっとしてるからな」
と言って、逸人は俯き、ちょっと笑う。

 あ、笑った……。

 なんか久しぶりに見たなー。

 いつも、無表情に近いからな、と思って、ぼんやりその顔を眺めていると、睨まれた。

「お前の事情はわかった。
 じゃあ、とりあえず、此処にサインしろ」
と逸人は薄い紙を出してくる。

 店の灯りに透けて見えるその紙をバイトの契約書かな、くらいに思い、芽以はサインしようとした。

「……婚姻届じゃないですか」
とペンを持って機械的に書く寸前、さすがに気づく。

「いや、まあ。
 お前の字で役所が受け付けてくれるかはわからんがな」
と逸人は大真面目な顔で言ってくる。

「走り書きじゃなかったら、普通に読めますよっ。
 じゃなくてーっ!」

「印鑑はあるか?」

 ……ありません、と警戒しつつ言うと、
「じゃあ、拇印ぼいんでいいな」
と逸人は芽以の親指をつかみ、パクチーの横にあった、手入れのいい包丁をつかんだ。

 ひっ、と芽以は息を呑む。

「血判は嫌ですっ!
 血判はーっ!」

 一生、離婚できなさそうだっ、とおのれの親指を死守しようとしたが、

「お前が印鑑忘れてくるから悪いんだろうが。
 早くしないと、俺の決意が揺らぐだろ」
と勝手なことを言いながら、逸人は包丁を近づけてくる。

 ひーっ。
 この人、本気ですよーっ。

 いや、そういえば、子どもの頃から、すべてに本気な人だった! と思いながら、芽以は慌てて、鞄を開ける。

「あ、ありますっ。
 ありますっ。

 鞄の底に、三文判ーっ!」
と黙っていようと思っていたその事実を告げてしまう。

「あるなら、早く出せ」
と言われ、ポン、と軽く事務処理をするようにハンコを押されてしまった。




 ……私、結婚したらしいです。




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