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悪霊の棲む屋敷
誰が見た映像なのだろう
しおりを挟む帰り道、車の中で、衛に言ってみた。
「夜の道は、いきなり車の前に、ぱあっと何か出てきそうで怖いですね」
「ロクでもないことを言い出すな……」
「ああ、生きてない人間ですよ」
と言うと、より、ロクでもない、と衛に言われる。
その何か出てきそうな闇を見ながら言った。
「さっきまで、要先生と話してて。
考えてみたんですが。
咲田馨を殺したのは、要先生とは限りませんよね。
貴方かもしれない」
衛はアクセルを踏み込みすぎたようだ。
慌てて、ブレーキを踏んでいる。
「危ないですね~」
と言うと、
「お前の発言の方が余程危ない」
と返された。
衛は軽く舌打ちしたあとで、ハンドルを握り直し、体勢を立て直した。
「要先生は、貴方と馨さんの仲を疑っていた。
本当のところ、どうだったんですか?」
「別に何も……」
と衛は小さく言う。
何か教師に叱られた子どものようだ、と思いながら、
「それが本当なら、貴方が犯人かもしれない。
馨さんが貴方を振り向かなかったので、殺した。
要先生は、貴方が犯人かもしれないと思って、私の顔を変えるように提案されたとか?」
と訊いた。
「僕が犯人はありえない。
だったら、あづさを身近に置いたりはしない。
自分が殺した女の顔だろう?」
「でも、貴方が好きだった人の顔ですよね」
「だからって、別人を側に置いて、どうするんだ。
要はどう思ってたか知らないが、僕はあづさには、指一本触れてない」
「……それもどうなんですかね」
結婚したら、どうするつもりだったのだろうと思う。
「じゃあ、本当に、ただ、馨さんを殺した犯人を炙り出すために?」
そう言うと、衛は少し黙ったが、こちらではなく、前を見たまま言った。
「今後、何かあったときのために言っておく。
そのときだけ、思い返せ。
本当は、僕が佐野あづさと結婚しようとしたのは、犯人を炙り出すためじゃない。
すべてを知っていたからだ。
ただの、贖罪だ」
それなのに、あづさがあんなことになったから、どうしても、あづさを殺した犯人を挙げたかった、と言う。
「あづささんのこと、少しはお好きでしたか?」
衛はその問いには答えない。
「ただ、……あづささんを利用しただけなんですか?」
なんだかわからないが、胸が締めつけられた。
同じ顔をしているせいで、あづさの魂が乗り移ったのかもしれないと、ふと思った。
衛が車を止める。
「なんで、お前が泣く」
「いや―― なんででしょう。
わからないけど」
そのとき、見えた。
夕暮れの光の中、何処かのドアを少し開け、こちらを見て微笑む女。
ちょっとだけ手を振る。
私と同じ顔立ちだが、雰囲気が違う。
佐野あづさだ、と思った。
これは、誰が見た映像なのだろうと思ったとき、唇に何かが触れた。
衛だった。
「……あづささんには何もしなかったんじゃないんですか?」
「あづさには出来ない理由があったんだ」
「理由?」
と言ったとき、もう一度、衛が唇を重ねて来た。
そのまま、抱き締められる。
なんだか泣きたくなって。
やっぱり、誰かが乗り移っている気がする、と思った。
あづさだろうか。
それとも、馨だろうか。
「衛さん、やっぱり、馨さんが好きだったんですか?」
「その顔で訊くな」
「そうじゃなきゃ、こんなこと、しないでしょう?」
「……お前が今は、俺の婚約者だからだ」
そう衛は言った。
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