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蘇りの書

蘇った死者

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 過去の記憶とも夢ともつかないものを見ていた真生は、ふと目を覚ました。

 自分に腕枕をしてくれている高坂はもう起きていて、真生を見つめていた。

「お前、今、歌ってたぞ」
と高坂が言う。

「寝たままですか?」

 我ながら怖い、と思いながら真生は訊いた。

 高坂は天井を見、
「あの曲を歌ってた」
と言う。

 越智哲治が望んだ曲の完成は、もうそこまで来ていた。

 そして、曲が完成したときが、きっと、このタイムスリップ現象の終わるときだ。

 ふと高坂に訊いてみた。

「高坂さんは、なんでお医者さまにならなかったんですか?」

 今なら真実を話してくれそうな気がしたからだ。

「……死者に蘇らされた人間ってどうなんだろうなと思って」

 そう言い、高坂は目を閉じる。

「死んでいるはずの俺が助けた患者たちは、いつか俺が消えたら、一緒に消えてしまうんじゃないかと思って」

 真生はそっと今は確かに生きて存在している高坂の胸に触れみた。

「消えるなんて言わないでください」

 例え、それが私にとっては、もう終わってしまっている未来だとしても――。

 終わっている世界。

 終わらない曲。

 ……あの蘇りの術は二度とは使えないと言うのなら。

 雨の音がするな、と思う。

 窓のすぐ下、場違いに咲き誇る白いハイビスカスの葉が雨を微かに弾いている音がする。

 一度無理して蘇った魂が再びこの世に生を受けて転生してくることはあるのだろうか。

 そして、高坂さんにとっては、どの私が最後の私となるのだろうか。

「会うたびに言ってもいいですか。
 いつが最後になるか、わからないから」

「さよならと?」
 そう言う高坂に笑って言った。

「違います。
 あなたが好きだって。

 ああ、でも、私を好きでないあなたに出会って言ったら、びっくりされますよね?」

「居ないから大丈夫だ」
「え?」

「お前を好きでない俺など居ないから大丈夫だ」

 自分を見つめ、高坂が強く口づけてくる。

 いつが終わりか、わからないから。
 だから……。

 だから、側に居られる間はこうして、ずっと――。

 過去と未来と、そして、また、その過去と。

 いつか……と真生が呟くと、ん? と高坂が訊き返してくる。

「いつかあなたが私の腕をつかんでいて、私だけが未来に飛んだ。

 あなたは一緒には飛べないんですかね?

 こっちでレコードかけてる人だから?

 それとも……」

 蘇った死者だから?

 真生はその胸に顔を寄せ、目を閉じた。

 こうしていると、確かにあなたの心音を感じるのに。

 高坂の手が肩を抱く。

 雨の柔らかな音。

 薄いカーテンの向こう、ガス燈の周りに振り注ぐ霧雨を思い浮かべる。

 ぼんやりとした灯りの中のそれは、光を含んで広がり、綺麗なのだろうな、と真生は思った。



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