上 下
27 / 70
蘇りの書

儀式には代償が必要だ

しおりを挟む


「どうしたんですか? この傷」
 そう真生が訊くと、高坂は包帯に覆われた手首をちらと見せて言う。

「ああ、痕になるかもな。
 さっき八咫が殺した奴に斬りつけられたんだ」

「……いろいろですね」
と言いながら、真生は視線を落とした。

 『あのとき』の高坂さんには傷はなかった。

 では、あれはやはり過去の高坂さんだったのか。

 すごい未来ってことはないしな、と図書室で読んだ学校年鑑を思い出していた。

 高坂はそう遠くない未来に死んでいる――。

「そういえば、あなたの疑いは晴れましたか?」

「疑い?」
「院長撲殺事件ですよ」

「院長は生きてるだろうが」
とお前の方がひどいぞ、と言う。

「生きてるんですかね?」
と真生は小首を傾げる。

「噂通り、あれは津田秋彦なのかもしれません」

「それなら、ったのは、昭子だろう」

「あなたが殺したところにうまく便乗したのかもしれないじゃないですか。

 昭子さんは院長の遺体を見つけ。

 院長が居なくなると、自分の立場が危うくなると思って、院長の身体に津田秋彦の魂を入れたとか」

 今の院長の言動は津田昭彦とよく似ていると聞きましたよ、と言うと、高坂は少し考える風な顔をし、

「お前は本当にそんなことができると思っているのか」
と言ってくる。

「ここは死者を蘇らせる病院なんでしょう?
 身体を蘇らせるときに、別の魂を入れることもできるんじゃないですか?」

 さあな、と言った高坂が、後ろの棚から真生に向かい、古い本を投げてくる。

 落としでもしようものなら、バラバラになりそうな代物だ。

 真生は慌てて受け止める。

「それが『蘇りの書』だ」

 えっ、と真生はカビ臭いその本を手に、息を呑んだ。

「ものすごい普通に置いてありましたね……」

 古い医学書などと並んで、ぽんと目に付く場所に置いてあった。

「みんな鍵のついてる場所とかばかり探すからな」
と高坂は言う。

「読めるか?」

 そっとめくって見ている真生に高坂が訊いてきた。

「読めるわけないじゃないですか」
と真生が言うと、

「そうだろうな」
と言う。

「数種類の古い言語を織り交ぜて書いてある。

 簡単には読めないように。

 ……だが、父はそれを解読したようだ。

 最初の方だけ読んで、あまりに荒唐無稽な話なので、小莫迦にして放っていたらしいのに。

 俺が死にかけたせいで、必死に解読したようだ。

 医者が魔術に頼ってどうすると思うんだがな」
と高坂は苦笑していたが、真生は言う。

「医学が魔術に負けたんじゃないですよ。
 親の思いがやまいに勝っただけの話です」

「子どもだったし。
 俺はその蘇りの瞬間のことはよく覚えていないんだが。

 元気になってしばらくした頃、寝付いていた父親のところに行ったら、頭を撫でられて。

 二度と死ぬなと言われたよ」

 高坂は立ち上がり、足許の絨毯を指差して言う。

「めくってみろ、真生。
 この下に、木の板に染み付いた血の魔法陣がある。

 ……あの儀式には代償が必要なんだ」

 賭けるものは、自分の命――。

 高坂はそう言った。

「俺の父親は命はとりとめたが、体調を崩し、やがて、亡くなった」

 だが、真実はわからない、と高坂は言う。

「本当に俺がその儀式のせいで蘇ったのか。

 単におのれの力で回復したのか。

 それによって、今、置かれている俺の状況も、この病院の立場もずいぶん変わってくるだろうがな」

 そう言いながら、高坂は何故か、おのれの傷ついた手首を見ていた。

 そこからわずかに滲み出している血を眺めているかのように。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

処理中です...