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蘇りの書
儀式には代償が必要だ
しおりを挟む「どうしたんですか? この傷」
そう真生が訊くと、高坂は包帯に覆われた手首をちらと見せて言う。
「ああ、痕になるかもな。
さっき八咫が殺した奴に斬りつけられたんだ」
「……いろいろですね」
と言いながら、真生は視線を落とした。
『あのとき』の高坂さんには傷はなかった。
では、あれはやはり過去の高坂さんだったのか。
すごい未来ってことはないしな、と図書室で読んだ学校年鑑を思い出していた。
高坂はそう遠くない未来に死んでいる――。
「そういえば、あなたの疑いは晴れましたか?」
「疑い?」
「院長撲殺事件ですよ」
「院長は生きてるだろうが」
とお前の方がひどいぞ、と言う。
「生きてるんですかね?」
と真生は小首を傾げる。
「噂通り、あれは津田秋彦なのかもしれません」
「それなら、殺ったのは、昭子だろう」
「あなたが殺したところにうまく便乗したのかもしれないじゃないですか。
昭子さんは院長の遺体を見つけ。
院長が居なくなると、自分の立場が危うくなると思って、院長の身体に津田秋彦の魂を入れたとか」
今の院長の言動は津田昭彦とよく似ていると聞きましたよ、と言うと、高坂は少し考える風な顔をし、
「お前は本当にそんなことができると思っているのか」
と言ってくる。
「ここは死者を蘇らせる病院なんでしょう?
身体を蘇らせるときに、別の魂を入れることもできるんじゃないですか?」
さあな、と言った高坂が、後ろの棚から真生に向かい、古い本を投げてくる。
落としでもしようものなら、バラバラになりそうな代物だ。
真生は慌てて受け止める。
「それが『蘇りの書』だ」
えっ、と真生はカビ臭いその本を手に、息を呑んだ。
「ものすごい普通に置いてありましたね……」
古い医学書などと並んで、ぽんと目に付く場所に置いてあった。
「みんな鍵のついてる場所とかばかり探すからな」
と高坂は言う。
「読めるか?」
そっとめくって見ている真生に高坂が訊いてきた。
「読めるわけないじゃないですか」
と真生が言うと、
「そうだろうな」
と言う。
「数種類の古い言語を織り交ぜて書いてある。
簡単には読めないように。
……だが、父はそれを解読したようだ。
最初の方だけ読んで、あまりに荒唐無稽な話なので、小莫迦にして放っていたらしいのに。
俺が死にかけたせいで、必死に解読したようだ。
医者が魔術に頼ってどうすると思うんだがな」
と高坂は苦笑していたが、真生は言う。
「医学が魔術に負けたんじゃないですよ。
親の思いが病に勝っただけの話です」
「子どもだったし。
俺はその蘇りの瞬間のことはよく覚えていないんだが。
元気になってしばらくした頃、寝付いていた父親のところに行ったら、頭を撫でられて。
二度と死ぬなと言われたよ」
高坂は立ち上がり、足許の絨毯を指差して言う。
「めくってみろ、真生。
この下に、木の板に染み付いた血の魔法陣がある。
……あの儀式には代償が必要なんだ」
賭けるものは、自分の命――。
高坂はそう言った。
「俺の父親は命はとりとめたが、体調を崩し、やがて、亡くなった」
だが、真実はわからない、と高坂は言う。
「本当に俺がその儀式のせいで蘇ったのか。
単におのれの力で回復したのか。
それによって、今、置かれている俺の状況も、この病院の立場もずいぶん変わってくるだろうがな」
そう言いながら、高坂は何故か、おのれの傷ついた手首を見ていた。
そこからわずかに滲み出している血を眺めているかのように。
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