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傷の入ったレコード

戦前のトランク

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 資料室の横の物置には、積み重ねられた机や椅子があり、その奥にダンボールに入った衣装が山積みになっている。

 今まで部活や記念祭で使ったものが入れられているらしい。

「夏美さん、これ、どうですか?」
と一年の男子が夏美にカビ臭い衣装を引っ張り出しながら、訊いていた。

 うーん、そうねえ、と言いながら、夏美は古いシャツのようなものを眺めている。

「ねえ、陸軍の制服ってどんなのだったのかな?」

 いきなり、そう問うてくる夏美に、なんとなく八咫を思い出しながら、いや、今、あんたの後ろ、通ってるけどね、と真生は思っていた。

 坊主頭の軍服を着た若い男が夏美の後ろをちょうど忙しげに通っていた。

 見えないというのは、いいことなのか悪いことなのか、と思いながら、真生は端にあった古い革製のトランクのようなものを見る。

 かなり大きい。
 頑丈そうだな、と立ててあるそれの取っ手に触れただけで、何故か勝手に横に開いた。

 中に乾いて、カピカピになった大量の血と、少しウェーブのついた数十本の長い黒髪が見えた。

 思わず、閉じると、
「なにやってんの? 真生。
 あら、それいいじゃない。使えそう」
と夏美が側に来る。

 止める間もなく開けていたが、中にはなにもなかった。

 うん、いいね、と夏美は満足そうに頷き、
「中野くん、これに衣装詰めて持って上がろうよ」
とさっきの彼に言っていた。

 いろいろいいものが見つかったようで、夏美たちはご機嫌だった。

 やはり、見えない方が平和だな、真生は思う。

 あのトランク、たぶん、死体を運んだ奴だけど。

 戦時中のでないとするなら、犯罪だな、と思い見ている真生の目の前で、中野が夏美に言われて、トランクを開け、衣装を詰める。

 その中に丸まって入っている女がまた見えた。

 赤い服の女だ。

 ズタズタに裂かれた服を着てそこに詰められ、こちらを見ている。

『……真生』
とその女は呼んだ。

 その瞬間、構わず女の上に服を詰めていた中野が、よし、と蓋を閉め、トランクを抱え上げる。

 そのトランクからは血が滲み出してきていた。

 それは真生の足許まで到達し、生暖かい感触まで伝わってくる。

 だが、なにも見えていない連中は、さっさとそれを運び出していた。

 女生徒が入り口で振り返り、
「真生さん、電気そこです。
 気をつけて」
と足許にも雑多に積まれたダンボールを見ながら教えてくれる。

 他の生徒たちは夏美も含め、みんな、もう出ていた。

「あ、はーい」
と真生が返事をすると、

「はーい」
とすぐ側から、幼い男の子のもののような声が聞こえたが、聞かぬふりをした。

 見えない聞こえないふりをしていれば、それは、居ないのと同じことだからだ。

 いっそ、高坂さんたちも見えないふりをしてしまおうか。

 いや……、無理だな、と思ったとき、最後の子が開けてくれていたドアがいきなり閉まった。

 真っ暗になる。

 夏美たちは真生がついてきていないことに気づいていないようで、話し声が遠くなっていった。

 さすがに、これは……と思ったとき、後ろを明るく感じた。

 振り向くと、見覚えの無い白衣を着た男がこちらに背を向け、簡素なランプスタンドの灯りで、書き物をしていた。

 本棚で囲まれている場所のようだ。

 闇の中ではっきり見えるってことは霊だな、と思う。

 まあ、そもそも、こんなところに人が居るはずもないのだが。

 彼からはこちらが見えてはいないようだった。

 もしかしたら、霊ではなく、昭子のときと同じに、単に過去の映像が見えているだけかもしれないと思った。

 自分の姿が見えないのをいいことに、真生は彼の手許を上から覗いてみた。

 少し白髪混じりの白衣の男は古い羊皮紙の本を捲りながら、懸命にノートになにかを書き留めている。

 だが、まるで、誰かに呼ばれたように振り向き、慌ててデスクの上の聴診器を首にかけると、今と同じ場所にあるらしいドアを開け、出て行った。

 ひとりそこに残った真生は、デスクに広げられたままのノートを見つめていた。


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