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黄昏の記憶
廃病院
しおりを挟む「おっ、斗真」
斗真が階段を下りていると、下の階の廊下に居た部活の顧問でもある地理の教諭が呼んでくる。
「如月が地図取りに行ったから手伝ってやってくれ」
「真生が先生のとこ行ったの、結構前ですよ」
と言ってみたが、そうだな、と笑っている。
相変わらず、呑気な男だ。
仕方ない、と斗真も真生に遅れて階段を下りていった。
真生はひとり、地下へと続く階段を下りていた。
地下とはいえ、上の踊り場の窓から差し込む光で明るいのだが、やはり、何処かひんやりとしている。
上の階からは、生徒たちの騒ぐ声が聞こえてくるのに、ここだけ学校という空間から、切り離されたかのように、しんとしていた。
暖かい場所から冷たい場所に向かっているせいか。
頭がくらりと来るような、足先がふわふわするような、そんな不思議な感覚に真生は襲われた。
いや、この場所のせいではないのかも、とちょっと思う。
あれを見てから、時折、こんな風になるからだ。
あの夕陽の中に滲むように浮かんでいた三機の戦闘機――。
そのとき、ふと、自分の前を歩いている女が居るのに気がついた。
白い服の女だ。
いつから居たのだろう。
アンティークな感じのスーツを着た女。
昔の絵画で見た、オペラの観劇に行く女性、みたいな感じだ。
小洒落たハットを斜めにかぶっているせいで、その女が下に着いて、角を曲がっても、その顔は見えなかった。
これがウワサの白い服の女の霊か。
初めて見たな、と思う。
今まで一度も見たことがなかったので、波長が合わないのだろうと思っていたのだが。
霊というより、残像かな? と真生は思う。
その女は階段を下り、廊下を歩いて行くと壁の前で立ち止まる。
そこで、ドアを開けるような仕草をして消えてしまうのだが。
何度もそれを繰り返しているようなのだ。
手になにか持ってるな。
ぼんやりしてるけど。
なんだろうな、と目をこらしているうちに、自分もそのくすんだ白い壁の前に来ていた。
なんとなく、女が消えた壁を軽くノックしてみたが、その冷たさと硬さが感じられただけだった。
昔、ここに扉でもあったのかな、と思いながら、真生はそのすぐ南側にある鉄製のドアの前に行く。
そこが資料室だった。
地下の空気に冷えたノブに手をかけたとき、あの曲が聞こえた気がした。
『終わりなき世界の鎮魂歌』
真生が創立記念祭で弾くことになった曲だ。
この学園には、ここが病院だったときからあるという古いパイプオルガンがあるのだが。
創立記念祭で、久しぶりに修理したとかいうパイプオルガンの裏に貼り付けてあった楽譜が発見されたのだ。
それを真生が弾くことになっているのだが、なかなかに難しく。
というか、パイプオルガンを弾くこと自体がまず難しく、もう本番も近づいているのに、一度も通しで成功したことがない。
恐ろしい話だ……。
そんなことを考えていたとき、
『真生――』
と誰かが自分を呼んだ気がした。
「斗真?」
と真生は振り返る。
斗真の声に似ていたからだ。
だが、そこには誰もおらず、真生は、
「肝心なときには現れないんだから」
と愚痴りながら、ドアを開けた。
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