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地獄の釜のフタを開けてみました

反抗の理由

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 ぽすと晴一郎が居なくなると、場を和ませるものが居なくなったので、車内の空気は一気に緊迫してきた。

 晴一郎がお金をくれたが。

 とでもではないが、今から三人で呑みに行きましょうとか言うような雰囲気ではない。

 それに――

「あ、そうだ。
 私、十一時半には、お義母様を起こしに行かないと」
と鈴が言うと、

「それは行かなくていい」

「いいだろ、別に」
と征と尊がそろって言ってくる。

 いえいえ、そういうわけには行きません、と鈴が言ったので、そのまま、清白すずしろの屋敷に帰ることになった。

 少し沈黙が続いていたが、途中、征が口を開いた。

「……なんで急に反抗してみた」

 尊に訊いているようだった。

「何故、俺の許から鈴を連れ去った。

 俺に跡継ぎの座を追われても。

 力をそそいでいたプロジェクトから外されて、支社に飛ばされることが決まっても。

 お前は文句ひとつ言ってこなかったのに」

「いや、ひとつは言ったと思うが……。
 お前が聞いてなかったんだろ」
と尊はバックミラー越しに征を見ながら言っていた。

 ま、そうかもな、と鈴は思う。

 この兄弟、どっちも人の話を聞いてなさそうだ。

 それにしても、目の前で緊迫した会話が繰り広げられているのをびくびく見つめているこんなときこそ、ぽすに居て欲しかった、と鈴は思っていた。

 そっとあの温かい毛を撫でるだけで、気持ちが落ち着くのにな~。

 そう思ったとき、尊がぽつりと言うのが聞こえてきた。

「……なんでだろうな?
 俺にもよくわからない。

 ただ、お前に跡継ぎの座を奪われたとき、正直、ちょっと、ホッとしてた。

 生まれたときから、ずっしり肩にのしかかっていたものが消えて、フッと楽になったというか。

 まあ、プロジェクトから外されたのは、ショックだったが」

 そう尊が言うと、
「まあ、あれは失敗だったな」
と目を閉じた征が言う。

「頑張ってたお前を外したことで、俺の評価がいちじるしく下がってしまった。

 お前の上司に早速、嫌味を言われたよ」

 それを聞いて、尊は少し嬉しそうだった。

 自分がやってきたことが認められた気がしたのだろう。

「でもまあ、めんどくさいことは全部お前が引き受けてくれたんだと思って、心機一転、博多で頑張ろう、と気持ちを切り替えようとしてたとき、見たんだ。

 ホテルの庭園を歩いていたお前たちを――」

 そう尊は語る。

「俺は、お前はお前で、強引に俺の上に出たことで、大変そうだな、と思ってた。

 それも本人がそうしたくて、したのならともかく。
 正直、お前、母親のあやつり人形っぽかったから」

 征は眉をひそめていたが、どうやら、図星のようだった。

「俺たちはいつも母親の闘争の道具に使われてるな。

 俺は、母親がなんか言ってきても、あまり乗ってやらないんだが。

 お前はきっと、俺よりいい奴なんだろうな」
と尊は言う。

「でも、ホテルでお前が鈴と居るのを見たとき。

 なんだ、こいつ、幸せそうじゃないかと思って、腹が立った。

 お前も大変なんだろうと思ってたのに。

 そしたら、なんだか納得できなくなって。

 あの日、式場に行ったんだ。

 よくないことだとわかっていたけど。

 やめようと思うたび、鈴を見て、爆笑しかけていたお前の顔がずっと頭をチラついて」

 結局、やってしまった―― と尊は言う。

 いや、ちょっと待ってください、と鈴は思っていた。

 それだと、貴方が気になっていたのは、私じゃなくて、爆笑しかけていた征さんでは?

 もう実家に帰って、ぽすと暮らそうかなー、と思いながら、鈴は窓の外を見る。

 結婚前に晴一郎が言っていた通り、一生、ぽすの面倒見て暮らす方が平和かもしれないなとか思ってしまった。

「ともかく、お前はお前で、苦労してるんだろうと思ってたのに。

 鈴と居るお前を見たとき、ああ、こいつ、幸せになるんだろうなと思って腹が立ったんだ、きっと」

 溜息まじりに、そうまとめた尊に、征が言う。

「尊。
 ひとつ、訂正していいか」

 なんだ、と尊がチラと後部座席を窺うと、征は尊に言った。

「俺がお前を敵視していたのは、母親のせいだけじゃない。

 なんだかんだでお前が長男だから、大事にされてたってのもあるが。

 お前、俺より、背が高いだろ」

「は?」

「高校のとき、お前は俺より一センチ高かったんだ!」

 学校で健康記録を見たから間違いない、と征は言い出す。

「そりゃまあ、俺の方が年が上だから」
と弁解しかける尊に、征は更に言いつのる。

「俺もそう思ってたんだが、大人になっても全然その差が縮まらなかったんだっ」

「いや、一センチだろ……?」

「そうですよ、征さん。
 そのくらい、なんてことないですよ。

 うちの従妹なんか、朝晩で、かなり伸び縮みするって言ってましたよ。

 ひどいときは、四、五センチ違うとか」

 いやいやいやいや、と二人が同時に手を振る。

「宇宙飛行士か」

「ビックリ人間か」
と尊と征が言ってくる。

 ビックリ人間って、なんだ?
と思いながら、鈴は、

「あー、じゃあ、二、三センチだったかなあ?」
と呟いたが、

「それでも結構すごいぞ」
と尊に言われた。

「ところで、また話それてないか?
 ビックリ人間の話だったか?」
と尊ほど流されない男、征が言ってくる。

「鈴と居ると、話がコロコロ変わるんだよ」
と尊が眉をひそめて文句を言っていた。

「ところで、ビックリ人間って、なんですか?」
と鈴が言うと、征が、

「昔、そういう番組があったらしいぞ。
 未映子みえこおばさんが言ってた」
と言いかけ、

「そうだよ」
と声を上げる。

「未映子さんが言ってたんだよ。
 男の価値は身長で決まるって」

 ……極論だ。

「いや、お前も結構、話流れてってるぞ」
と指摘したあとで、尊は、

「未映子さんが言ってたんだったのか、その話」
と言う。

「さすがにもう身長は伸びない。
 俺は男として、一生お前に勝てないんだと悟った」

「あのー、うちのお母さん、私が高校のときも、私と一緒に身長伸びてましたが」

「もうやめろっ。
 お前んちのビックリ人間話はっ」
と尊の方が叫び出す。

 しかし、この征さんに此処までの影響を与えるとは。

 その、男とはこうあるべきと語っていたという未映子おばさんって、どんな人なんだろうな。

 すごい美人な気がするが――。

 式に来ていた美女たちを思い浮かべてみたのだが、清白の一族は美形が多すぎて、誰がその未映子さんなのかはわからなかった。

「それにしても、子どもの頃の刷り込みって恐ろしいですね……」

「そうだな」
と尊が言う頃、長い長い塀が見えてきた。

 闇夜にそびえる清白の邸宅の塀だ。
 
 なんとなく、振り出しに戻った感じだな、とまた勝手に開く門を見ながら、鈴は思っていた。

 魔王の城から出発して、魔王の城に戻ってきたみたいというか。

 ぽすの糸を切られて、地獄にまた落ちてきた感じというか――。

 まあ、自分のことは、自分できっちりケリをつけなさいってことだろうな、と思いながら、鈴は征とともに、玄関先で車を降りた。



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