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よし、家を建てようっ

なんだか不思議な感じがします

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 着いたのは、新しい家だった。

 まだほとんど骨組みしかないが。

「来い、那智。
 ちょっと入ってみよう」

 本当は二階に登りたいんだが、危ないから、と遥人は言った。

「此処からなら、他の家の屋根に遮られずによく見えそうだと思ったんだ」
と遥人は、隣が空き地になっている北側、リビングの端まで、那智の手を引き、連れていった。

 今は壁もないので、そこから星空がよく見えた。

「もう、今日までしか見られないみたいだから」
と遥人は言う。

「そうですね。
 家できちゃったら、もう見られない光景ですね」
と笑うと、座ろう、と出来かけの床に持ってきていたレジャーシートを敷いてくれる。

「ほら」
とさっき買ったホットレモンのペットボトルをくれた。

「ありがとうございます」

 那智は笑って、星空とともに、まだ造りかけの家を眺める。

「基礎のときは、本当に小さい感じがして、お義父様も大文句言ってたけど。
 こうして見ると、結構大きいですよね」
と言うと、

「あれの意見は聞かなくていい」
と素っ気なく言ってくる。

 だが、そんな風に遠慮会釈なく言い捨てられる、今の遥人と政臣の関係をいいな、と思っていた。

 この間まで、政臣を殺そうとしていたのに。

 やっぱり、親子の絆ってすごいな、と思う。

 血はつながっていなくとも。

 他にも血のつながりのない父親は居たのかもしれないが、遥人には、誰よりも政臣こそが甘えられる父親だったのだ。

 那智は再び、星空を見上げて言った。

「不思議な感じです。
 遥人さんと結婚して、子供を妊娠して、こうして、一緒に家を建ててるなんて。

 この間まで、口をきくのも緊張するような上司だったのに」
と言うと、苦い顔をする。

「あ、格好いいな、とは思ってましたよ。
 でも、ものすごい遠い存在だったから。

 梨花さんの婚約者だし、専務だし」

 もうやめろ、と嫌なことを掘り返されたような顔をする。

 でも、どんな過去も含めて、遥人が好きだ。

 今、此処にこうして居ることが信じられないくらいに。

 お腹に手を当て言った。

「洋人が言ってましたよ。
 この子は、きっと幸せになるために、此処に産まれてくるんだって」

「聞こえてた。

 そうだな。
 俺もお前の子供に産まれてみたいような気もする」

「ええっ。嫌ですっ。
 遥人さんは、私の旦那さんじゃないとっ」
と慌てて言うと、遥人は笑い出した。

 そっとキスしてくる。

「私、狭いながらも楽しい我が家でいいです」

「……うん」

「あと、お庭にカピバラが居たらいいかも」

「……お前の要求に比べたら、階段とロフトをなくせ、という俺の要求なんぞ、ごく一般的で可愛いもんだな」

「なんでですかっ。
 カピバラ、普通に売ってるんですよっ」

「帰ろう」
と反論するのに、那智が腰を浮かした隙に、さっさとレジャーシートを片付け始める。

「五十万くらいで一頭買えますよっ」

「一頭じゃ可哀想だろ」

「そうなんですよ。
 だから、二頭っ」
と指で二を示しながら、遥人の後をついて、家を出る。

 那智は、後から付けたすことにした縁側の位置で、一度、足を止めた。

 亮太と話していて思い出したのだ。

 縁側を作るのを忘れていたと。

 此処で遥人とお茶を飲んで、子供や孫が庭で駆け回るのを見て過ごすのだ。

 いつまでもずっと――。

 そう微笑んだとき、遥人が振り返り、那智の鼻をつまんだ。

「カピバラはこの一頭で充分だ」

 近所から苦情がくるぞ、と言う。

「カピバラが見たいなら、見に行けばいいじゃないか。

 そうだ。
 今度の土日に、あの旅館に泊まりに行くか」
と言ってくる。

「行きたいですっ。
 私、旅行に行きたかったんですよっ。

 あそこの晩ご飯も前回食べそびれたしっ」

「跳ねるなっ」
と文句を言われながらも、車に向かい、遥人の後をついていった。

「遥人さん、妊娠中、浮気とかしないでくださいね」

「お前も、俺が仕事が忙しいからって、浮気するなよ」

 亮太たちが聞いていたら、この莫迦夫婦が、というところだろう。

 車に乗る前、那智はもう一度、振り返った。

 まだ壁のない家から、山と遥人が見せてくれた鮮やかな星空が見えていた。

 那智はこれから遥人と子供たちと過ごしていくのだろうこの場所の、少し冷たく、心地よい空気を胸いっぱいに吸い込み、微笑んだ。



                       完

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