ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
70 / 86
ゼロどころか、マイナスからの出発

CMで見るお弁当はいつも美味しそう

しおりを挟む
 
 お昼に真希絵がお弁当を買いに行っている間、あかりは日向を預かっていた。

 いや、我が子なので、預かっていたというのも妙な話なのだが……。

 真希絵はCMで見たお弁当がどうしても食べたくなって買いに行ったようだった。

「テレビで見てるとすごくおいしそうなのよっ。
 実際に食べたら、そうでもないことも多いんだけどねっ」

 そうとわかっていても止められないものらしい。

「ぐわあお! 行ってきたよ~」

 待っている間、日向はあのおじいさん人形に話しかけていた。

 『ぐわあお!』とは、動物園のことのようだ。

「ぐわあお! いたよ~」

 この『ぐわあお!』は、ライオンのことらしい。

「ペンペンもいたよ~。
 うさちゃんもいたし~。
 パンダさんもいた~」

 待て。
 パンダはいないぞ……。

「猫さんもいたよ~」

 ……行く道中にいたかもね。

「あと犬さんも~」

 日向にとっての動物園とはっ、と思ったとき、カランコロンとドアチャイムの音を立てながら、青葉がやってきた。

 

「日向はすっかりあの人形が気に入ってるようだな」

 カウンターでアイスコーヒーを飲みながら、青葉が言う。

「そうなんですよ。
 子どもが可愛いと思う感じの人形じゃないのに。

 あ、そうだ。
 ネットショップの方、青……木南さんが教えてくださった商品を目玉にしたら、お客様ちょっと増えましたよ」

「俺が手を貸してやって、ちょっととは何事だ」

「でも、他の商品も一緒に買ってくれる人とか。
 またすぐ、違う商品を買いに来てくれる人とかいて楽しいですっ。

 ……もう、このお店閉めて、ネットショップだけにしてしまおうかと思うくらいに」

 いえ、ここも全然来ないわけでもないんですけどね、と言うと、今はお客さんのいない店内を青葉は見回し、

「そうだな。
 閉めるのもアリだな」
と言う。

 自分で言っておいて、なんなんですけどっ。
 お店やるの、夢だったんですけどっ、と思ったとき、青葉が言った。

「大吾が来るから、この店はもう閉めたらどうだ。
 入り口に、『大吾お断り』とか、ステッカー貼っとけ。

 俺が作ってやろう。
『セールス、勧誘、大吾は一切お断りします』ってやつを。

 ああ、もうひとついるな。
『木南さん呼び、一切お断り NO!』も作ろう」

 いや、そんなこと言われてもですね。

 なんか呼べないですよ。

 あなたを青葉さんと呼ぶときが、あなたをまた前のように好きになったときのような気がするので……とあかりは照れる。

 まだ、お人形と遊んでいる日向を見ながら、青葉が言った。

「記憶をなくしたのは事故のせいで。
 そのとき、たまたま、お前が男と会ってたことを忘れたいと思ってただけなんだろうが。

 ……なんだか、そのせいで忘れてた気がして。

 すぐに訊けばよかったんだろうけど。

 お前が俺には見せないような緊張感のない顔で、あの男と話してたから気になって」

 いや、緊張感のない顔ってなんなんですか……、と思いながら、あかりは言う。

「それは……嶺太郎さんだと緊張しないけど。
 青葉さんだと緊張するからです」

「なんで緊張するんだ?」

 な、なんででしょうねっ。
 わかってて訊かないでくださいよ、青葉さんになりかけの木南さんっ。

 あかりは俯き、手にしていた布巾をぐしゃぐしゃになるまで握り込む。

「……ただお前に訊けばよかっただけなのに。
 すぐに追求できなかったのは。

 これが初めての恋で。
 きっと最後の恋でもあって。

 そして、今でもずっと、永遠にお前だけが大好きで、他の奴を好きになるとかないから」

 だから、破局する未来だけは避けたかったからだと思う、と言いながら、青葉が自分を見つめる。

「こな……あお……。
 大変でしたね」

「……ついに、名前を呼ばない方向に切り替えたのか。

 ともかく、俺は誓うよ。
 今度、工場こうばに行く途中、事故に遭っても、二度と記憶を失わないと」

「…………」

 しまった、どっちの名前も呼べない、とあかりはただ、青葉の顔を見つめる。

 そして、気づいて言った。

「あの、そういえば、なんで私との記憶、失ったんでしたっけ?」

「山の工場に行く途中、事故に遭ったから」

「……記憶をなくしたのは?」

「違う山の工場に行く途中、事故に遭ったから」

「……あの、もう車に乗るの、やめた方がいいんじゃないかと思うんですよね。

 あと、工場、山の上に作るの、やめてもらうことはできないんですかね……?」

「いや、どっちの事故も俺のせいじゃないからな」
と言い訳がましく、青葉は言っていた。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする

真矢すみれ
恋愛
祖父の懇願によって、5歳で家業の総合商社を継ぐことを決めた牧村幹人(35歳)。 「せめて結婚相手だけは自由に選ばせてあげたい」という母の気遣いで、社長となった今でも『運命の相手』との出会いを求めて決まった相手を作らずにいた。 そんなある日、幹人は街角で出会い頭にぶつかった相手に一目惚れをする。 幹人に一目惚れされた若園響子(29歳)。 脳外科医として忙しく働く響子は、仕事に追われて恋愛してる暇もなく、嫁に行くより嫁が欲しいくらいの毎日を送っていた。 女子力低め、生活力ギリギリ人間キープの響子は幹人の猛烈アタックに押され気味で……。 ※「12年目の恋物語」のスピンオフ作品です。(単独で問題なく読めます)

マンネリダーリンと もう一度熱愛します

鳴宮鶉子
恋愛
出会ってすぐにお互い一目惚れをし交際をスタートさせ順風満帆な関係を築いてきた。でも、最近、物足りない。マンネリ化してる

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

お飾り妻宣言した氷壁の侯爵様が、猫の前でドロドロに溶けて私への愛を囁いてきます~癒されるとあなたが吸ってるその猫、呪いで変身した私です~

めぐめぐ
恋愛
貧乏伯爵令嬢レヴィア・ディファーレは、暗闇にいると猫になってしまう呪いをもっていた。呪いのせいで結婚もせず、修道院に入ろうと考えていた矢先、とある貴族の言いがかりによって、借金のカタに嫁がされそうになる。 そんな彼女を救ったのは、アイルバルトの氷壁侯爵と呼ばれるセイリス。借金とディファーレ家への援助と引き換えに結婚を申し込まれたレヴィアは、背に腹は代えられないとセイリスの元に嫁ぐことになった。 しかし嫁いできたレヴィアを迎えたのは、セイリスの【お飾り妻】宣言だった。 表情が変わらず何を考えているのか分からない夫に恐怖を抱きながらも、恵まれた今の環境を享受するレヴィア。 あるとき、ひょんなことから猫になってしまったレヴィアは、好奇心からセイリスの執務室を覗き、彼に見つかってしまう。 しかし彼は満面の笑みを浮かべながら、レヴィア(猫)を部屋に迎える。 さらにレヴィア(猫)の前で、レヴィア(人間)を褒めたり、照れた様子を見せたりして―― ※土日は二話ずつ更新 ※多分五万字ぐらいになりそう。 ※貴族とか呪いとか設定とか色々ゆるゆるです。ツッコミは心の中で(笑) ※作者は猫を飼ったことないのでその辺の情報もゆるゆるです。 ※頭からっぽ推奨。ごゆるりとお楽しみください。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

処理中です...