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ゼロどころか、マイナスからの出発
なにか衝撃的なことが待ち構えているのだろうか?
しおりを挟む今日はいい日だった、と思いながら、青葉は家に帰ろうとしていた。
あかりや日向とゆっくり話せたし。
あかりをアパートまで送れたし――。
「お前が中に入るまで見てる」
と言って、駐車場からずっと見上げていた。
電気をつけたあと、あかりが扉から顔を覗かせて、ちまちまっと手を振ったとき。
可愛い。
嬉しい。
なんか怖い、と思った。
最後の『なんか怖い』はなんなんだ……と自分で思う。
それと、日向のアルバムを眺めていたとき。
あかりがあるページを見せないようにしたことに気づいていた。
あのページ、公園の写真だったみたいだが。
なんなんだろうな。
まあ、あいつのことだから、どうせ、くだらない秘密とかなんだろうが……。
でも、意外に、とんでもないことを隠してたりするかもしれないしな。
この間、俺が日向の父親だと知って、来斗が衝撃を受けてたみたいに。
俺にもなにか衝撃的なことが待ち構えているとか――?
と不安になりながら、青葉は家へと帰っていった。
次の日、美容院に行く真希絵が日向を店に預けていったので。
あかりは、変身ごっこをして遊んでいる日向をぼんやり眺めていた。
まあ、お客さん今いないし。
物壊さなきゃいいや、と思って、自由にさせていた。
「トリメンダス アターック!」
腕にはめているオモチャが日向が攻撃するのに合わせて、機械の音声で叫んでいる。
「トリメンダス アターック!」
うっかりおじいさんの人形に向かって腕を突き出した日向は、
「ごめんなさい」
とおじいさんに頭を下げていた。
……何故、その人形には謝る?
と思いながら、眺めていると、
「暑いわね~。
なにか冷たい物ちょうだい、あかりさん。
あら、日向」
と寿々花が優雅に扇子で顔をあおぎながら、入ってきた。
「ぐらんまっ」
と日向が走っていく。
相変わらずな寿々花は突っ立ったまま日向を見下ろし、
「日向、元気にしていましたか?」
と訊いている。
「アイスコーヒーでいいですかー?」
と言って、あかりが背を向け、淹れている間、日向と寿々花は語らっていたようだった。
やがて、いつものように寿々花のお小言がはじまる。
おっと、コースター、夏用の可愛いの買ったんだった、とあかりが奥に入ったとき、
「トリメンダス アターック!」
と背後から機械の音声が聞こえてきた。
……あ、寿々花さん、やられた、と思いながら、あかりは棚の上のコースターをとる。
「半身っ!」
と変身ポーズをとる日向を寿々花と見ながら、
半分しか変身しないのだろうか……とあかりが思ったとき、真希絵が帰ってきた。
「あらっ、寿々花さんっ」
美容院で綺麗にカットしてもらい、鼻歌まじりだった真希絵が一気に緊張したのが伝わってくる。
「お母さん、なに飲む?」
「まあちゃん、なに飲むー?」
と親子で訊くと、
「あー、じゃあ、アイスコーヒー」
と言って、真希絵は遠慮がちに寿々花の側に座った。
「今、久しぶりに美容院に行ってきたんですよ。
ちょっと日向を預かってもらって。
いや、あんまりこういうことって、ないんですけどね……」
と真希絵は寿々花に言い訳をはじめる。
いや……もう肝心の青葉さんになにもかもバレてしまったことだし。
別に私と日向が離れてなければならないってこともないんでは、とあかりは思ったが。
そういえば、育て方に問題がありそうだから、寿々花さん自身も私も日向に近づけないって話だったな、と思い出す。
ちなみに、青葉さんのお姉さんも絶対に近づけたくないらしい。
……どんな人なんだ、と思いながら、アイスコーヒーを淹れている間、別に説教しているつもりはないのだろうが。
寿々花は真希絵にも、いろいろ言いはじめた。
「大丈夫? 真希絵さん。
日向の服は全部身体にいいものにしてる?
やっぱり、日本製がいいわよ。
下着は綿100%がいいし。
今みたいな熱いときは、綿が汗をよく吸い取るから――」
お母さん、日向から変身グッズを奪って、寿々花さんを、
「トリメンダス アターック!」
しないでくださいよ、とハラハラして見ていたが。
真希絵はイライラしているというより、怯えていた。
綿はよく吸うけど、乾かないですよ、と弁解することもなく、真希絵は焦ったように、日向の明るい黄色のTシャツと下のタンクトップをめくり上げ、表示を見る。
「あっ、大丈夫ですよっ。
中国 100%ですっ」
……お母さん、それ、たぶん、中国製、綿100%。
寿々花さんに喧嘩を売っているのだろうかと思ったが、寿々花は、
「ほんと面白いわね、真希絵さんは」
と言って、笑っていた。
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