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ゼロどころか、マイナスからの出発
負けた気がする……
しおりを挟むちょっと遅れて社に戻ったが、案の定、誰にも叱られることはなかった。
「来斗、今度、俺が遅く帰ってきたら怒れ」
と来斗に言って、はあ? と言われる。
そのまま仕事をしていると、大吾からメッセージが入ってきた。
珍しいな、と開いてみる。
あかりのことがあってから、連絡先を交換し直したくらいなので。
普段、メッセージを送り合ったりなんてことはない。
なんせ、数年ぶりにかけてみたら、『おかけになった番号は現在使われておりません』になってたくらいだからな。
大吾からのメッセージには、
「今朝あかりに会いに行った」
とだけあった。
今朝?
ってことは、今日は俺より先に?
なんか負けた気がする……。
明日は早朝に行こう、とあかりに、
「……やめてください」
と青ざめられそうなことを青葉は思う。
メッセージを長々と打つのも、まどろっこしいので、
「電話をしていいか」
とだけ送ると、すぐに向こうからかかってきた。
大吾はいきなり、
「さっき気づいたんだが、俺の車のナンバープレート。
ちょうどあかりの年齢なんだよ」
と言い出した。
「は?」
「二十六歳四ヶ月」
……あいつ、二十六だったのか、童顔だな。
まあ、日本の大学出てから、フィンランドに留学したみたいだから、そんなもんか、と思ったとき、大吾が言った。
「運命かもしれん」
「待て、その運命。
来月にはなくなるが、大丈夫か?」
と余計な心配をしてしまう。
「そんなことより、お前、なんで朝から、あかりのところに行ったんだ?」
「いや、会えない間に思いがつのってな。
どうしても、あかりの顔が見たくなって」
ヤバイ。
こんなガンガン迫っていきそうな奴に、本気になられたら困る、と焦った青葉は大吾に言った。
「思いがつのるくらいなら、毎日会いに行けよ」
まだ社長室で用事をしていた来斗が振り返り、
なにあおってんですかっ?
という顔をする。
いや……、思いをつのらせるくらいなら、と思ったんだが。
やはり、まずかったか、と思ったときには、もう、
「そうだな。
毎日顔を見に行こう。
ありがとうな、青葉」
じゃあ、と言って、大吾は電話を切っていた。
「あっ、待てっ。
っていうか、そもそもお前、なんの用事だったんだっ」
通話の切れたスマホを手に青葉は叫ぶ。
やれやれ、という顔で来斗が見ていた。
そんな風に大吾と青葉が訪ねてきて、告白めいたことを言って帰っていった日の夜。
あかりは孔子の家で呑んでいた。
「……ずっと悩んでたことがあったんだけど。
ついに覚悟を決めたの」
そんなあかりの言葉に、
「へー、なになに?」
と孔子が酎ハイの缶を手に身を乗り出す。
いつ倒れて寝てもいいように敷いてある布団の上で、二人は呑んでいた。
「上手くいかないかもしれないけど、頑張ってみようかと思って」
ちょっと恥ずかしそうにあかりは言う。
「なんだかわからないけど、応援するよっ」
すでに酒の入っている孔子は熱くあかりの手を握ってきた。
「ありがとう、孔子。
私、ずっとずっと憧れてたの。
おうちに自動販売機っ。
家の中には無理だけど。
店の前には置けるよねっ。
お昼、あ、ちょっと飲み物が、って外に出たら買えるしっ。
あ、お客さまが。
珈琲切らしてるわってなったら買えるしっ。
なんか喉乾いたって思ったら買えるしっ」
夢のようねっ、と二人で手を取り合う。
「私はお酒の自販機がいいわっ」
と孔子が言う。
「っていうか、今、まさに欲しいわっ」
「でも、私、お酒販売する免許ないわっ」
「とりなさいよっ」
青葉が聞いていたら、
「落ち着け、お前ら。
あかり、お前は、何屋だ。
そして、お前の今日一番、印象に残ってることがそれなのかっ。
俺はっ?
大吾はっ?」
と叫んできそうだったが。
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