53 / 86
ゼロどころか、マイナスからの出発
負けた気がする……
しおりを挟むちょっと遅れて社に戻ったが、案の定、誰にも叱られることはなかった。
「来斗、今度、俺が遅く帰ってきたら怒れ」
と来斗に言って、はあ? と言われる。
そのまま仕事をしていると、大吾からメッセージが入ってきた。
珍しいな、と開いてみる。
あかりのことがあってから、連絡先を交換し直したくらいなので。
普段、メッセージを送り合ったりなんてことはない。
なんせ、数年ぶりにかけてみたら、『おかけになった番号は現在使われておりません』になってたくらいだからな。
大吾からのメッセージには、
「今朝あかりに会いに行った」
とだけあった。
今朝?
ってことは、今日は俺より先に?
なんか負けた気がする……。
明日は早朝に行こう、とあかりに、
「……やめてください」
と青ざめられそうなことを青葉は思う。
メッセージを長々と打つのも、まどろっこしいので、
「電話をしていいか」
とだけ送ると、すぐに向こうからかかってきた。
大吾はいきなり、
「さっき気づいたんだが、俺の車のナンバープレート。
ちょうどあかりの年齢なんだよ」
と言い出した。
「は?」
「二十六歳四ヶ月」
……あいつ、二十六だったのか、童顔だな。
まあ、日本の大学出てから、フィンランドに留学したみたいだから、そんなもんか、と思ったとき、大吾が言った。
「運命かもしれん」
「待て、その運命。
来月にはなくなるが、大丈夫か?」
と余計な心配をしてしまう。
「そんなことより、お前、なんで朝から、あかりのところに行ったんだ?」
「いや、会えない間に思いがつのってな。
どうしても、あかりの顔が見たくなって」
ヤバイ。
こんなガンガン迫っていきそうな奴に、本気になられたら困る、と焦った青葉は大吾に言った。
「思いがつのるくらいなら、毎日会いに行けよ」
まだ社長室で用事をしていた来斗が振り返り、
なにあおってんですかっ?
という顔をする。
いや……、思いをつのらせるくらいなら、と思ったんだが。
やはり、まずかったか、と思ったときには、もう、
「そうだな。
毎日顔を見に行こう。
ありがとうな、青葉」
じゃあ、と言って、大吾は電話を切っていた。
「あっ、待てっ。
っていうか、そもそもお前、なんの用事だったんだっ」
通話の切れたスマホを手に青葉は叫ぶ。
やれやれ、という顔で来斗が見ていた。
そんな風に大吾と青葉が訪ねてきて、告白めいたことを言って帰っていった日の夜。
あかりは孔子の家で呑んでいた。
「……ずっと悩んでたことがあったんだけど。
ついに覚悟を決めたの」
そんなあかりの言葉に、
「へー、なになに?」
と孔子が酎ハイの缶を手に身を乗り出す。
いつ倒れて寝てもいいように敷いてある布団の上で、二人は呑んでいた。
「上手くいかないかもしれないけど、頑張ってみようかと思って」
ちょっと恥ずかしそうにあかりは言う。
「なんだかわからないけど、応援するよっ」
すでに酒の入っている孔子は熱くあかりの手を握ってきた。
「ありがとう、孔子。
私、ずっとずっと憧れてたの。
おうちに自動販売機っ。
家の中には無理だけど。
店の前には置けるよねっ。
お昼、あ、ちょっと飲み物が、って外に出たら買えるしっ。
あ、お客さまが。
珈琲切らしてるわってなったら買えるしっ。
なんか喉乾いたって思ったら買えるしっ」
夢のようねっ、と二人で手を取り合う。
「私はお酒の自販機がいいわっ」
と孔子が言う。
「っていうか、今、まさに欲しいわっ」
「でも、私、お酒販売する免許ないわっ」
「とりなさいよっ」
青葉が聞いていたら、
「落ち着け、お前ら。
あかり、お前は、何屋だ。
そして、お前の今日一番、印象に残ってることがそれなのかっ。
俺はっ?
大吾はっ?」
と叫んできそうだったが。
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
My HERO
饕餮
恋愛
脱線事故をきっかけに恋が始まる……かも知れない。
ハイパーレスキューとの恋を改稿し、纏めたものです。
★この物語はフィクションです。実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
純真~こじらせ初恋の攻略法~
伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。
未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。
この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。
いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。
それなのに。
どうして今さら再会してしまったのだろう。
どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。
幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
【完結】就職氷河期シンデレラ!
たまこ
恋愛
「ナスタジア!お前との婚約は破棄させてもらう!」
舞踏会で王太子から婚約破棄を突き付けられたナスタジア。彼の腕には義妹のエラがしがみ付いている。
「こんなにも可憐で、か弱いエラに使用人のような仕事を押し付けていただろう!」
王太子は喚くが、ナスタジアは妖艶に笑った。
「ええ。エラにはそれしかできることがありませんので」
※恋愛小説大賞エントリー中です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる