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運命が連れ去られました

ショップカードを渡しました

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 あかりは工事の音を聞きながら、脱いだ作業着を腰に巻きつけた、黒いタンクトップ姿の大吾に訊いた。

「香港でも工事してたんですか?」

「俺は大学の准教授だ……」
と大吾は言う。

「ちょっと今、煮詰まってて。
 ここで道路を掘り返してたら、なにか発見できる気がして」

 なにかって……、

 水道管とかですかね?
とあかりは思う。

「俺のこと、誰に訊いたんだ?

 青葉か?
 寿々花さんか?」

「青葉さんの記憶はまだ戻っていません。
 でも、そっくりな従兄がいることを教えてくれたので」

 汚れた軍手を外しながら、大吾は言う。

「俺が香港の大学に行ってたとき、寿々花さんから連絡が入ったんだ。

 香港にいるのなら、ちょうどいい。
 フィンランドまで来てちょうだいって」

 香港ならフィンランドに行きやすい、とかない気がするのだが……。

 まあ、寿々花のことだから、大吾が九州にいても、

「九州にいるのなら、ちょうどいいわ。
 フィンランドまで来てちょうだい」
と言っただろうし。

「アフリカにいるのなら、ちょうどいいわ」も、

「南極大陸から戻る船の中なら、ちょうどいいわ」もあっただろう。

 あの人にかかれば、なんでもありだ。

 寿々花にとっては、青葉にそっくりな甥がいることこそがちょうどよかったのだから。

「悪い女を退治してくれと言われて、なにも知らされず連れてかれたんだ」

 そしたら、お前がいた―― と大吾は言う。

「お前は誰だ? と訊いたら、お前は、鞠宮あかりだと名乗った」

 それ、私のトラウマになってるセリフですよね……。

 いやまあ、そのセリフより。

 その言葉を私に向かって吐いたときの冷ややかな目線こそがトラウマなんですけど。

「自分のことを覚えてないのかと言うから、覚えてないというより、知らない、と言った」

 そりゃ知らないですよね~、別人なんだから。

「そのとき、お前がちょっと寂しそうな顔したんで、気にはなってたんだ」

 ちょっと寂しそう、なんてもんじゃないですよーっ。

「帰り道で、あれは、青葉を騙した悪い女だと寿々花さんに聞いた。

 じゃあ、なんか悲しそうな顔してたけど、まあ、いいか、と思った」

 あっさりだな、この人。

 まあ、こう言う人だから頼んだんだろうな、寿々花さん、とあかりは思う。

「そのあと、青葉に会うと、二週間分の記憶が飛んだというわりには、普通に仕事をしてて。

 寿々花さんには、さっきの女のことは言うなと言われていたので、なにも言わず、青葉と食事して帰った。

 寿々花さんに飛行機代とホテル代におこづかいを上乗せしてもらって。

 それを持って帰って、研究に使った」

 この人たちの、おこづかいって、きっとおこづかいな感じの額じゃないんだろうな~……。

 大吾はそこで、あかりに向かい、
「ありがとう」
と唐突に言った。

「な、なにがありがとうなんですかっ?」

「いや、考えてみれば、あのときの金で結構助かったなと思って」

「あなたはお金持ちなのでは?」

「だが、研究には金がかかる。
 必要な本は幾らでもあるし。

 親はそんな金にならないことはやめて、会社を継げとか言うしな。

 ありがとう、鞠宮あかり。

 お前が青葉を騙す悪い女でいてくれたおかげで、俺も助かった」

「いや、別に騙してませんけど。
 まあ、私もそれ聞いてすっきりしました。

 私とのことを忘れても、青葉さんは普通にしてたんですね。

 やっぱり、私との一週間はその程度のものだったってことですよね」

「まあ、一週間なら、傷が浅くてよかったじゃないか」

 いや、浅いどころか、ぐっさり棘が刺さったままみたいになってますけど。

 しかも、なにも知らない本人が現れて、ぐりぐり傷をえぐってますけど。

 でもまあ、日向を授かるための一週間だったのだと思って諦めよう。

 そうあかりは思った。

「私と出会ったとき、青葉さんは、それまでの記憶をなくしてて。
 でも、普通に仕事してました。

 以前の記憶を取り戻し、今度は私との記憶を忘れても。
 やっぱり、普通に仕事してたのなら。

 私との記憶は、あのとき、
『なくしても大丈夫だ。
 仕事に支障ないから問題ない』
と言っていた、それまでの日常の記憶と同じ扱いなんですよね」

 大吾は顎に手をやり、考えていたが、

「マイナス思考はよくないぞ、ストーカー鞠宮。
 思考能力が低下して、仕事のパフォーマンスが下がる」
と言ってきた。

 ……青葉さんと大吾さん。
 似てないようで、似てるな。

 仕事が第一なところ……、とあかりは渋い顔をする。

「うん。
 だが、そういえば、青葉が物思いにふけっているときもあったぞ」

「えっ?」

「食事に行ったレストランを出たあと。
 向かいの家の扉の外にかけてあるランプを見て、ちょっとぼんやりしていた」

「そ、そうなんですか……」

 あかりはフィンランドの家の扉にあのランプをかけていた。

 似たような家が立ち並ぶ中、青葉はそれを目印にやってきていた。

 少しは覚えてくれていたのだろうか。

 記憶は失っても、心の何処かに――。

 欠片だけでも残っていたのなら嬉しいな……と思ったとき、あかりを見つめていた大吾が言った。

「地面を見ているより、お前の顔を見ていた方がなんか思いつきそうだ」

「あのー、そもそも地面見てて、なにか思いつくものなんですか?」

「古いアスファルトの亀裂が好きなんだよな。
 いろいろ個性があって。
 砂の入り具合とか」

 古いアスファルトの亀裂より、私の方が研究の役に立ちそうで嬉しいです……。

 いやまあ、単に、研究内容から離れて違うものを見ていると。

 頭がリフレッシュされて、いい案が浮かぶだけなのだろうが。

「鞠宮ストーカー」

 さっきと名前変わってますよ。

「お前を困らせて儲けた金だ。
 もう残ってないがおごってやろう」

「残ってないのならいいですよ」
と言ったが、とりあえず、連絡先を教えろと言われ、

 もうちょっと当時の青葉のことを聞きたかったので、

 ……いや、もちろん、諦めるためにだが……、

 あかりは大吾に自分の店のショップカードを渡した。

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