上 下
26 / 86
運命が連れ去られました

拝みなよ、イケメンと筋肉っ!

しおりを挟む
 
「あかりー、泊まりにこない?
 イケメンを見に」

 朝、そんな陽気なメッセージが孔子から入ってきた。

「アパートの下にイケメンが出た」

 ……霊か。

 妙な夢のせいで眠いあかりは、ぼんやりとしたまま思う。

 孔子のアパートの下で工事がはじまって。

 そこに来ている作業員の一人がすごいイケメンなのだと言う。

「額に汗して働く美しい筋肉がいるのよっ」
と孔子は語る。

 筋肉がいるのか……。

 孔子の中では、美しい顔より、美しい筋肉の方が順位が上らしい。

 彼女には筋肉しか見えていないのかもしれない。

 顔が美しいんじゃなかったのか、と思うあかりに、引き続き、孔子からメッセージが入ってくる。

「その人、朝しかいないみたいなの」

 まさか、一日中、見張っていたのだろうか。

 仕事はどうした……。

「作業員の人、違うメンバーのときもあるみたいなんだけどさ。

 あの人、昨日もいたし、今日もいるのっ!

 だから、きっと明日もいるに違いないわっ」

 昨日倒産しなかったから、明日も倒産しないだろう、って会社みたいだな……。

「泊まりに来て、拝みなよ、イケメンと美筋肉っ!
 なんだったら、日向も連れてきていいよっ」

 いや、日向連れてったら、アパートで騒いで大変なことになる、と思ったあかりは、夕食まで日向と過ごして。

 夜、酒盛りの準備をして、孔子のアパートへと向かった。
 


「うへえ。
 それじゃ、その車で突っ込んできたのが、前の旦那だったのかー」

 もう布団も敷いて、寝る準備万端、な感じで、酒盛りは始まった。

「いや、前の旦那もなにも、結婚してないし。
 一週間しか一緒にいなかったし」

「それで産んで育てちゃうんだもんね~、女って。
 男の人は作るだけ作って知らんぷりなのに」

 いや、青葉さんは、知らんぷりしたわけじゃなくて、知らないんだけどね……。

 なにも知らない。

 私のことを好きだと言ってくれて。

 共に過ごした日々があったことも――。

 孔子はおすすめの新商品だというスナック菓子をバリバリ食べながら言う。

「でもさでもさ。
 そんな偶然ってある?

 前の彼氏が店に突っ込んでくるとか。

 もしかして、記憶が戻ったけど、言い出せなくて、わざと突っ込んできたんじゃない?

 よりを戻したくて」

「いや……より戻したくて、やってくるのなら、もっとソフトにお願いしたいんだけど。

 それに、記憶戻ったのに知らん顔してるとか、そんな器用なことできる人じゃないし」

 その意見には、来斗も寿々花も、うんうん、と頷いてくれる気がした。

 特に寿々花さん、実生活では不器用な息子に苦労してそうだからな。

 ……まあ、あまり親子の交流ってなかったようなんだが。

 ただ、寿々花さんは、自分が深く関わらない方が子どもはいい子に育つと思っているようだから、それでなのかもしれないが。

 っていうか、その流れに私まで巻き込まないで欲しいんだが……、
と日向と引き離されたあかりは思う。

「まあ、偶然でビックリといえば、寿々花さんが堀様のファンってことの方がビックリだけどね」
と言ったが、

「そこはビックリじゃないんじゃない?」
と孔子に言われる。

「ほら、嫁姑って似てるって言うじゃない。
 大事な息子と大事な夫が同じ人物なわけだし。

 好みも似るもんなんじゃないの?」

「そういうもんかなあ」

「ささ、寝よ寝よ。
 明日もイケメン様、下にいますように。

 見てビックリだよっ。
 ほんとに顔もすごいイケメンなんだからっ。

 私の好みとはちょっと違うんだけど」

 いや、じゃあ、何故、呼んだ……と思ったが、

「あんたのその元カレ、すごいイケメンだって言うからさ。
 あんたの好みには合うかと思って。

 元気だしなよ。
 もう元カレとより戻す気ないのなら、新しい出会いに向かって踏み出すのもありだと思うよ」
と言う。

 孔子……。

 ありがとうっ、友よっ、と思ったとき、孔子は言った。

「そんで、下のイケメンと友だちになって、私の絵のモデルになってくださいってお願いして」

 孔子は枕元に用意しているスケッチブックとペンを見る。

「うん……わかったよ。
 孔子、ネームできたの?」

「ネームって、なに?
 ここはそんなもののない世界。

 異世界だよ」
と孔子は微笑む。

 現実逃避してしまった……。

 孔子は漫画家だった。

 大学受験で忙しいころデビューして、当時は必死に時間を見つけて描いていた。

 だが、大学生活にも慣れて、時間に余裕ができたとき――。

「なんか、ぷつっと切れた」
と言って、あまり描かなくなってしまった。

 頑張りすぎた反動だったのかもしれない。

 今では、派遣で事務仕事をしながら、たまに描いている程度らしいが。

「やめたわけじゃないのよ。
 描いてはいるのよ。

 ピンと来なくて、担当さんに見せられないだけよ。
 頑張る気はあるのよ。

 でも、それには、あのイケメンを……」

 堀様もいいけど……

 あのイケメンを……と繰り返し呟きながら、孔子は酒を呑み、寝てしまった。

 ヤバい。
 孔子のためにも、そのイケメンと知り合いにならねばっ。

 そして、孔子の絵のモデルになってくださいと……。

 いや、孔子、自分で頼めっ、と思っているうちに、あかりも寝てしまい。

 何故か昨日の夢の第二部がはじまった。

 あかりは鬼ヶ島の洞窟で、金棒を持った寿々花に正座させられ、説教されていた。

『もう~、屁理屈ばっかりっ。
 なに、この嫁っ』

『私、嫁になりそこなったので、嫁じゃないです~っ』

 なにが原因で揉めていたのかは、目覚めたときには忘れていた――。
 

「ほらほら、早く。
 ゴミ出すフリして、下りるのよっ」

 いや、出すフリじゃなくて、ゴミ出しなよ。
 今日、収集日だよ、と思いながら、あかりは孔子についていく。

「ビックリするようなイケメンなんだよ、ほんとにっ」

 孔子はあまり溜まっていない――

 なんか描きなぐって、ぐしゃぐしゃに丸まったゴミばかりが入っているゴミ袋を手にカンカンと音をさせて、鉄骨の外階段を下りていく。

「ほら、いたっ。
 さりげなく見てっ」

 はいはい、さりげなく。

 さりげ……

 孔子が言う通り、いい筋肉をした長身の男がいた。

 暑いせいか、作業をはじめて間もないのに、もう汗をかいている。

 筋肉の上で、朝日に輝くその汗までも美しく。

 孔子は一応、ゴミステーションの蓋を開けていたが、視線は食い入るように彼を、いや、彼の程よく筋肉のついた腕などを見ていた。

 彼が幾らイケメンでも、孔子の中では、生物の本に出てる筋肉の人体模型みたいになっているのでは……と思ったとき、その男がこちらを見た。

 孔子は、
「お、おはようございますっ」
と頭を下げる。

 あかりも、
「おはようございます」
と言ったものの。

 ふと、
 イケメンにだけ挨拶するのもな、と思い。

 その周囲にいたおじちゃんたちにも片っ端から挨拶してしまって、仕事関係の人と間違われる。

「ねっ、ビックリしたでしょ?」
とゴミを捨て、その場を去ろうとしながら、孔子は小声で訊いてきた。

 はあ、ビックリしました、確かに、と思っているあかりたちの許にタオルをつかんだ筋肉の彼が、つかつかとやってきた。

「おい、お前」
とあかりに言う。

「なんでここにいる。
 フィンランドのストーカー」

 それだと、私、フィンランドにつきまとってるみたいなんですけど……。

 あかりは彼を見上げて言った。

満島大吾みつしま だいごさんですね?」

「なんだ、もうバレてたのか」

 青葉そっくりの顔で、満島大吾はそう言った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ
BL
【女神の愛の呪い】  この世界の根源となる物語の悪役を割り当てられたエドワードに、女神が与えた独自スキル。  鍛錬を怠らなければ人類最強になれる剣術・魔法の才、運命を改変するにあたって優位になりそうな前世の記憶を思い出すことができる能力が、生まれながらに備わっている。(ただし前世の記憶をどこまで思い出せるかは、女神の判断による)  しかし、どれほど強くなっても、どれだけ前世の記憶を駆使しても、アストルディア・セネバを倒すことはできない。  性別・種族を問わず孕ませられるが故に、獣人が人間から忌み嫌われている世界。  獣人国セネーバとの国境に位置する辺境伯領嫡男エドワードは、八歳のある日、自分が生きる世界が近親相姦好き暗黒腐女子の前世妹が書いたBL小説の世界だと思い出す。  このままでは自分は戦争に敗れて[回避したい未来その①]性奴隷化後に闇堕ち[回避したい未来その②]、実子の主人公(受け)に性的虐待を加えて暗殺者として育てた末[回避したい未来その③]、かつての友でもある獣人王アストルディア(攻)に殺される[回避したい未来その④]虐待悪役親父と化してしまう……!  悲惨な未来を回避しようと、なぜか備わっている【女神の愛の呪い】スキルを駆使して戦争回避のために奔走した結果、受けが生まれる前に原作攻め様の番になる話。 ※悪役転生 男性妊娠 獣人 幼少期からの領政チートが書きたくて始めた話 ※近親相姦は原作のみで本編には回避要素としてしか出てきません(ブラコンはいる) 

隠れ御曹司の愛に絡めとられて

海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた―― 彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。 古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。 仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!? チャラい男はお断り! けれども彼の作る料理はどれも絶品で…… 超大手商社 秘書課勤務 野村 亜矢(のむら あや) 29歳 特技:迷子   × 飲食店勤務(ホスト?) 名も知らぬ男 24歳 特技:家事? 「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて もう逃げられない――

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

私は貴方から逃げたかっただけ

jun
恋愛
電話の向こうから聞こえた声は、あの人の声だった。 その人に子供が出来たなら、私は邪魔なんだろうな…。 一人で出産し、一人で息子を育てた麻美。 麻美を探し続け、やっと見つけた雅彦。 会えなかった年月は、麻美を強くした。 麻美を失った雅彦は自暴自棄になっていた。

処理中です...