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終わらない百物語を――

結界

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「彩乃、まだか?」
 部屋に入ってしばらくすると、戸の向こうから峻の声がした。

 すり抜けられるはずだが、一応、外で留まってくれているらしい。

「どうぞ、入って」
と言って、彩乃は机の上に紅い手鏡を置く。

 それを峻が見咎めた。

「なにしてた?」
「自分の顔を見てたのよ」

「お前がそんなナルシストだとは知らなかった」

 彩乃は目を伏せ、
「私は写真でしか、まともに自分の顔を見たことないのよ。
 だから、化粧できないの」

 そう言い、立ち上がる。

「行きましょうか? 峻。
 あ、階段の霊に会った?」

「あの説教がましい霊か」
と苦い顔をする峻に笑う。

「凄いわ。
 話すようになったばかりなのに、あの無口な霊にお説教してもらうなんて。
 やっぱり相性がいいのね」

 いいのか? という顔をしている峻を置いて、戸を開ける。

 部屋を出る前、もう一度、伏せた手鏡を振り返った。

 
 
 夢を見ているのだろうか。
 この屋敷がこんなに静かだなんて――。

 一階へ下りた彩乃は、少し落ち着かない気持ちで辺りを見回す。

 誰も居ない。
 開け放たれたままの広い屋敷には、ただ虫の音だけ。

 信子たちも皆、通夜の手伝いに行ってしまったのだろうか。

 背後の峻は当たり前だが、足音もさせはしない。

「峻……居るの?」
「消え方もわからないんだから、居るに決まってるだろう」

 油断なく玄関前の広い廊下を見つめたまま、振り返らずに問うたが、すぐにいつもの皮肉な口調が返って来てホッとした。

「あんまり静かなんで、夢なんじゃないかと思ったわ。
 霊も居ない。
 融おじさまも」

「夢だとしても、少なくともお前の夢じゃないな。
 俺は俺だから」

 お前の夢の出演者じゃない、と言う。

「じゃあ、あんたの夢かも」

「待て。
 お前はお前の視点で見て考えてるんだろうが、今、現在」

「なに暇なこと言ってんだ」

 先の曲がり角から嵩人が現れた。

 小脇に抱えているのは、和蝋燭の入った箱のようだ。

「まるで何かの結界の中に居るように静かだから不安になっただけよ」

「百物語―― か」
と峻が嵩人の持つ箱を見ながら呟く。

「百物語って、まるで願掛けみたいね」

 そう彩乃は言った。

「お百度参りって言った方がいいかしら。
 達成したら、きっと何かが起こる。

 それを待っているのは、私たち、生きた人間だけじゃないってことね」

 そう言いながら、嵩人の出てきた角を見る。

 その向こうに続く廊下に、誰かが息を潜めて待っている気がした。

 すべてが終わる瞬間を。

「さあ、始めましょうか――」



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