上 下
1 / 81
あやかしより不思議なものが現れました

穴に落ちました……

しおりを挟む

 その夜、気分転換に祖母の家に来ていた萌子もえこはお気に入りのカンテラを手に、裏山をフラフラしていた。

 うっかりミスして上司の田中総司そうじにこっぴどく叱られ、落ち込んでいたからだ。

 だが、

 ああ、街灯もない山の中のカンテラの灯り、いい!

 このぼんやりと光が広がる感じ。

 ヒュッゲだ!
と闇の中に浮かび上がるあたたかい光にうっとりしているうちに、すべて忘れて陽気な気持ちになっていた。

 萌子は昔から、ロウソクの灯りや小洒落たライトにはまっていたのだが。

 北欧のあたたかくのんびりとした暮らし、ヒュッゲに灯りが重要な役割を果たしていると知ってから、すっかりヒュッゲにはまっていた。

 ああ、カンテラ最高!
と思った瞬間、萌子の姿は山から消えていた。
 

 ついてないときって、本当についてない……。

 いや、叱られたことを反省していたはずなのに、あっさり忘れて、気持ちよく灯りの中で森林浴を楽しんでいたせいだろうか、

 そんなことを思いながら、萌子は上を見上げる。

 周囲が暗い丸い円の中に、木々と星空が見えた。

 いきなりだったので、なにが起こったのかわからなかったが。

 どうやら、山道に突然空いていた穴に落ちてしまったらしい。

 思ったより深く、自力では出られそうにもなかった。

 落ち方がよかったのか、怪我しなかったのは幸いだが、こんなところ、こんな時間に誰も来そうにはないし。

 どうしよう、と幸い消えなかったカンテラを手に萌子は困る。

 ああ、ついてない……。

 いや、田中侯爵の祟りだろうか。

 叱られたときの反省の気持ちをすぐに忘れて、鼻歌なんぞ歌っていたから、こんなバチが当たったのかもしれない、
と萌子は今度こそ、猛省する。

 萌子の上司、田中総司そうじはちょっと色素が薄い感じの繊細そうな若いイケメンなのだが。

 なにも繊細なところなどないはがねの精神の持ち主で。

 上司にも部下にも容赦ない言動を繰り広げ。

 また博識なので、ちょっと蘊蓄うんちくが多く、講釈こうしゃくが長い、癖の強い上司だった。

 黙っていれば、綺麗な顔をしてるんだが。

 あの人、黙ってないからな……。

 なので、あの若さで課長になった出世頭なのに、浮いた噂のひとつもないらしい。

 だが、総司は社内で嫌われているというわけでもなかった。

 目をかけてくれている専務が出世の助けになればと、美人で名家の娘との見合い話を持ってきてくれたときも、

「ひとりが楽なので、結婚する気はありません。
 ましてや、出世のために結婚するなんて面倒くさいこと、まったくする気ありません」
とハッキリ断ったらしい。

 なにもかも清々すがすがしいほど包み隠さない人なので。

 女性陣より、男性社員に人気があるようだった。

 なので、その蘊蓄と講釈のうるささへの揶揄やゆと親しみを込め、総司は陰で、

「田中侯爵」
と呼ばれていた。

 すみません。
 田中侯爵様、反省するので助けてくださいっ、と萌子はなんとなく総司に祈ってしまう。

 すると、そのとき草と砂利を踏むような音がした。

 誰か来るっ?

 クマッ!?

 いや、この辺りでクマが出たという話は聞かない。

 だからこそ、夜、こうしてひとりでフラフラしたりもできるのだが。

 だが、この状況で、都合よく人が来るなんて信じられない気がして、萌子は思わず、クマを思い浮かべていた。

 しかし、本物のクマだと怖いので、萌子が想像したのは、赤い蝶ネクタイをつけた、つやつやの黒い目をしたぬいぐるみのクマだった。

 いや、冷静に考えれば、生きたクマより、ぬいぐるみのクマが山の中を歩いている方が怖いのだが。

 ともかく、萌子は動転していた。

 こんな時刻に山の中をうろついてるなんて、変な人かもしれないしな、と萌子はその定義だと、自分も変な人のくくりに入ることにも気づかず、心配する。

 草を踏む足音が穴の側で止まった。

 よかった、止まって……。

 クマとか変な人とかが穴の中に落ちてきたら、この狭い中で阿鼻叫喚あびきょうかんの騒ぎになるからな、

と思う萌子の頭の中では、

 何故か、クマと、チェーンソーを持った白い面の人が同時に穴に落ちてきて。

 それぞれが、それぞれに驚いて、絶叫していた。

 だが、ひょいと穴の中を覗いてきたのは、クマより信じられないモノだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ
キャラ文芸
旧題:あやかし父さんのおいしい日和 3/13 書籍1巻刊行しました! 8/18 書籍2巻刊行しました!  【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞】頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます! おいしいは、嬉しい。 おいしいは、温かい。 おいしいは、いとおしい。 料理人であり”あやかし”の「剣」は、ある日痩せこけて瀕死の人間の少女を拾う。 少女にとって、剣の作るご飯はすべてが宝物のようだった。 剣は、そんな少女にもっとご飯を作ってあげたいと思うようになる。 人間に「おいしい」を届けたいと思うあやかし。 あやかしに「おいしい」を教わる人間。 これは、そんな二人が織りなす、心温まるふれあいの物語。 ※この作品はエブリスタにも掲載しております。

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

便利屋ブルーヘブン、営業中。

卯崎瑛珠
キャラ文芸
とあるノスタルジックなアーケード商店街にある、小さな便利屋『ブルーヘブン』。 店主の天さんは、実は天狗だ。 もちろん人間のふりをして生きているが、なぜか問題を抱えた人々が、吸い寄せられるようにやってくる。 「どんな依頼も、断らないのがモットーだからな」と言いつつ、今日も誰かを救うのだ。 神通力に、羽団扇。高下駄に……時々伸びる鼻。 仲間にも、実は大妖怪がいたりして。 コワモテ大天狗、妖怪チート!?で、世直しにいざ参らん! (あ、いえ、ただの便利屋です。) ----------------------------- ほっこり・じんわり大賞奨励賞作品です。 カクヨムとノベプラにも掲載しています。

明治あやかし黄昏座

鈴木しぐれ
キャラ文芸
時は、明治二十年。 浅草にある黄昏座は、妖を題材にした芝居を上演する、妖による妖のための芝居小屋。 記憶をなくした主人公は、ひょんなことから狐の青年、琥珀と出会う。黄昏座の座員、そして自らも”妖”であることを知る。主人公は失われた記憶を探しつつ、彼らと共に芝居を作り上げることになる。 提灯からアーク灯、木造からレンガ造り、着物から洋装、世の中が目まぐるしく変化する明治の時代。 妖が生き残るすべは――芝居にあり。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...