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あやかしより不思議なものが現れました

穴に落ちました……

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 その夜、気分転換に祖母の家に来ていた萌子もえこはお気に入りのカンテラを手に、裏山をフラフラしていた。

 うっかりミスして上司の田中総司そうじにこっぴどく叱られ、落ち込んでいたからだ。

 だが、

 ああ、街灯もない山の中のカンテラの灯り、いい!

 このぼんやりと光が広がる感じ。

 ヒュッゲだ!
と闇の中に浮かび上がるあたたかい光にうっとりしているうちに、すべて忘れて陽気な気持ちになっていた。

 萌子は昔から、ロウソクの灯りや小洒落たライトにはまっていたのだが。

 北欧のあたたかくのんびりとした暮らし、ヒュッゲに灯りが重要な役割を果たしていると知ってから、すっかりヒュッゲにはまっていた。

 ああ、カンテラ最高!
と思った瞬間、萌子の姿は山から消えていた。
 

 ついてないときって、本当についてない……。

 いや、叱られたことを反省していたはずなのに、あっさり忘れて、気持ちよく灯りの中で森林浴を楽しんでいたせいだろうか、

 そんなことを思いながら、萌子は上を見上げる。

 周囲が暗い丸い円の中に、木々と星空が見えた。

 いきなりだったので、なにが起こったのかわからなかったが。

 どうやら、山道に突然空いていた穴に落ちてしまったらしい。

 思ったより深く、自力では出られそうにもなかった。

 落ち方がよかったのか、怪我しなかったのは幸いだが、こんなところ、こんな時間に誰も来そうにはないし。

 どうしよう、と幸い消えなかったカンテラを手に萌子は困る。

 ああ、ついてない……。

 いや、田中侯爵の祟りだろうか。

 叱られたときの反省の気持ちをすぐに忘れて、鼻歌なんぞ歌っていたから、こんなバチが当たったのかもしれない、
と萌子は今度こそ、猛省する。

 萌子の上司、田中総司そうじはちょっと色素が薄い感じの繊細そうな若いイケメンなのだが。

 なにも繊細なところなどないはがねの精神の持ち主で。

 上司にも部下にも容赦ない言動を繰り広げ。

 また博識なので、ちょっと蘊蓄うんちくが多く、講釈こうしゃくが長い、癖の強い上司だった。

 黙っていれば、綺麗な顔をしてるんだが。

 あの人、黙ってないからな……。

 なので、あの若さで課長になった出世頭なのに、浮いた噂のひとつもないらしい。

 だが、総司は社内で嫌われているというわけでもなかった。

 目をかけてくれている専務が出世の助けになればと、美人で名家の娘との見合い話を持ってきてくれたときも、

「ひとりが楽なので、結婚する気はありません。
 ましてや、出世のために結婚するなんて面倒くさいこと、まったくする気ありません」
とハッキリ断ったらしい。

 なにもかも清々すがすがしいほど包み隠さない人なので。

 女性陣より、男性社員に人気があるようだった。

 なので、その蘊蓄と講釈のうるささへの揶揄やゆと親しみを込め、総司は陰で、

「田中侯爵」
と呼ばれていた。

 すみません。
 田中侯爵様、反省するので助けてくださいっ、と萌子はなんとなく総司に祈ってしまう。

 すると、そのとき草と砂利を踏むような音がした。

 誰か来るっ?

 クマッ!?

 いや、この辺りでクマが出たという話は聞かない。

 だからこそ、夜、こうしてひとりでフラフラしたりもできるのだが。

 だが、この状況で、都合よく人が来るなんて信じられない気がして、萌子は思わず、クマを思い浮かべていた。

 しかし、本物のクマだと怖いので、萌子が想像したのは、赤い蝶ネクタイをつけた、つやつやの黒い目をしたぬいぐるみのクマだった。

 いや、冷静に考えれば、生きたクマより、ぬいぐるみのクマが山の中を歩いている方が怖いのだが。

 ともかく、萌子は動転していた。

 こんな時刻に山の中をうろついてるなんて、変な人かもしれないしな、と萌子はその定義だと、自分も変な人のくくりに入ることにも気づかず、心配する。

 草を踏む足音が穴の側で止まった。

 よかった、止まって……。

 クマとか変な人とかが穴の中に落ちてきたら、この狭い中で阿鼻叫喚あびきょうかんの騒ぎになるからな、

と思う萌子の頭の中では、

 何故か、クマと、チェーンソーを持った白い面の人が同時に穴に落ちてきて。

 それぞれが、それぞれに驚いて、絶叫していた。

 だが、ひょいと穴の中を覗いてきたのは、クマより信じられないモノだった。



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