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魔王様はお疲れです

あれで、ほんとうに魔王なんですか……?

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 アリスンが厨房に戻ると、窓の外を見ながらノアが言ってきた。

「魔王様、徒歩で帰っていきましたよ。
 あの人、ほんとうに魔王なんですかね?

 魔王だったら、瞬間移動とかしませんか?」

 ははは、と笑い、アリスンは言った。

「魔王様はきっと今、覚醒中なのよ。
 ようやく魔力が使えるようになったところだし」

 ノアはアリスンがしゃべりながら、せわしなく手を動かしていることに気がついたようだ。

 せっせとモグサを成型しては紙袋に詰めているアリスンに問うてくる。

「……お嬢は経営者として覚醒中ですよね。
 もしや、それ、売る気ですか?」

 大丈夫なんですか、需要はありますか、と言わんばかりの口調だ。

「従業員の人たちにはタダであげるけど。
 欲しい人がいるかもしれないから、お店に出してみようかと思って。

 でもそれには、ツボを思い出さないとね。
 ノア、そこに横になってよ。

 服脱いで」
と言うと、ノアは襲われかけている乙女のように我が身を抱いて叫んだ。

「焼く気ですねっ。
 私を焼く気ですねっ。

 私がなんの悪いことをしたというんですかっ」

「いや、それを言うなら、魔王様もなんにも悪いことしてなかったけどね……」

 そう言いながら、アリスンはあと少しカゴに残っていたモグサをとって、円錐状に形作る。

「それ、小さくないですかっ?
 直接、肌に火をつける感じになりませんっ?」

「魔王様が耐えられたんだから、あなたも耐えられないわけないでしょう」

「いやいやいやっ。
 魔王様のはもうちょっと大きかったですってっ。

 っていうか、私は魔王様と違って、貧弱な人間ですよっ。

 そんなに誰かを実験台にしたいのなら、クリストファー王子にしてくださいーっ」

 婚約破棄して、あなたを捨てたクリストファー王子にっ。
 私は忠実なあなたの家臣ですよっ、
と叫んで逃げ惑うノアの襟首を、アリスンはモグサ片手に、むんずとつかんだ。




 その頃、ひとり洞穴に帰った魔王は、静かに洞穴の椅子に腰を下ろしていた。

 何百年も、此処でこうしてじっと考え事をしていて。

 お腹も空かず、喉も乾かず。

 そのことに、なんの違和感も抱かず、満ち足りていた。

 でも、今はなんだか……と魔王は立ち上がり、冷たい空気の流れる洞穴内を見回す。

 なんだか、あの騒がしさが懐かしい、と今、出て来たばかりの食堂を思い出していた。

 食堂を、というより、やかましいくらい騒がしい村人たちとアリスンをだろうか?

 ふと、料理人たちは忙しいだろうと、適当にアリスンが作ってくれた、まかないの怪しい野菜スープの味を思い出す。

 舌の上でほくほくと甘い芋と、とろとろに煮込まれた葉物野菜のやさしい口当たり。

 ちょっと味が薄い――。

 いい変えれば、お腹にやさしい感じの、ほっとするような味つけ。

 ……お腹が空いたな。

 うん。
 お腹が空いて来たぞ。

 久しぶりに魔王は空腹を覚えた。

 ようやく活動を身体がはじめたかのように。

 そういえば……、と魔王はふと気づいた。

 何故、私はここにこうしていたのだろう?

 ここにこうして。

 ずっとひとりで……。

 何処からか風の吹き込む洞穴内で、魔王はその玉座を振り返った。



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