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その墓守の名は、ニート

白地図

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 放り出されて長い長い道のりを歩いた。

 ただ自由になっていいと言われただけなのに。

 今までよりも、どうしていいかわからなかった――。


「白地図もあるんですね。
 『お好きな名所をお書きください』」

「名所なんてあるのか」
と話しながら、二人は神の山と呼ばれる山へと向かう。

「このお嬢さんをニートのところに連れていってあげなさい」

 そう年寄り連中に頼まれ、茉守を墓のない島の墓守のところまで連れていくことになったからだ。

「結構歩くが、大丈夫か」

 よく見ると、彼女は左足首に細い包帯を巻いていたので、そう訊いてみる。

 遠目にはアンクレットかなにかのように見えたのだが。

「あ、大丈夫です。
 これ、切れて落ちそうなミサンガを止めてるだけなので」

「……ミサンガって、切れたら願いが叶うんじゃないのか?」

 なんで止めてる?
と問うと、

「全然叶いそうにないのに切れそうだったから、止めてるんですよ」
と教えてくれた。
 

 ニートの居る場所まで、急な坂道を登っていく。

 普段、そんなに女性に気を使う方ではないが。

 茉守があまりにも細く折れそうな手足をしていたので、つい、振り返り、
「大丈夫か?」
と訊いてみる。

 だが、茉守は、
「大丈夫です」
と言い、本当に、すいすいついて来た。

「意外に体力あるな」

「授業、バイト、遊びと大学生も忙しいので」

 遊びね。
 この無表情でどんな感じに呑み会に混ざってんだろうな、とマグマは思う。

 まあ、これはこれで面白いかもしれないが。

 そう思いながら、茉守に問うてみた。

「バイトってなにやってんだ?」

「ファストフードの店員です」

 嘘だろっ、とマグマは叫んだ。

「お前、スマイルの欠片もなさそうなんだがっ」

「笑わなくとも仕事をすることはできますよ」

 いやまあ、そうなんだが……と思っているうちに、山の中腹にある寺に着いていた。

「此処がうちの寺だ」

「大きなお寺ですね。
 そういえば、お墓がないということは、檀家さんも居ないのですか?」

「いや、墓は本土にある。
 でもまあ、観光寺かな。

 そんなに島民が多いわけでもないし」

 こっちだ、とマグマは本来なら、墓地がありそうな寺の裏手に回った。

 本堂より高い位置にあるそこは庭園になっていて、奥の方に樹齢八百年以上と言われる楠がある。

 その横には古い木の小さな祠があり、手前は枯山水のようになっていた。

 そこに草履履きで立つのは、白衣に浅葱の袴をつけた長身色白の男。

 熊手で砂紋を描いている。

「ニート」
と呼びかけたが、彼は振り返りもせず、

「近寄るな」
と言う。


 寺の裏に神主が居る……と茉守は思った。

 濃く整った顔のマグマとは対照的に、繊細で端正な顔をしたニートという男は、寺の後ろで神職のような格好をし、熊手で川の流れのような砂紋を描いていた。

「近寄るな」

 神々しいような顔立ちに、よく通る声。

 ニートという男は、ニートという名なのに、何処か近寄り難い哲学者のような雰囲気があった。

「あとちょっとで描けるんだ」
という言葉に、

「そうか」
と言ったマグマは自分の前にあった砂紋を、ずん、と踏んだ。

 おいーっ、とニートが叫ぶ。

「可哀想ではないですか」
と茉守が言うと、

「いや、こいつ、本当は完成するのが嫌なんだ。
 することがなくなるから。

 あとちょっとで完成だ、とか言いながら、完成すると、いつもガッカリしている。

 な、ニート」
とマグマはニートに向かって言った。

「あのー、町の皆さんもそう呼ばれていますが。
 いいんですか?」

 本人に向かって、ニートとか言ってはいけないのでは? と思ったが。

「いや、こいつは名前が新人にいとって言うんだ。
 浅賀矢新人あさがや にいとだ。

 まさか、名前をつけたときは、ほんとにニートになるとは親も思ってなかっただろうがな。

 優秀な奴だったし。

 親は、いつでも、新人しんじんのように新たな心で頑張れる人に、と思って名付けたらしいぞ。

 まあ、いろいろあって、引きこもってるんだが」

「……この方、外に居るように見えますが」

「この島に引きこもってるんだよ」

「壮大な引きこもりですね。

 でも、ニートさん、お仕事はされてますよね?
 墓守をなさってるんでしょう?」

「此処に墓を作ってはいけないんだが。
 年寄り連中は、島から出て行くのが大変なんで。

 この大樹を死んだ人に見立てて拝んでるんだ。

 こいつはその前でゴソゴソしてるだけ。

 でも、こう見えて親切なんで、此処に来る年寄りに優しくしてるうちに、『墓守さん』ってみんなに呼ばれるようになったんだ」

「こう見えてって、この方、親切そうですよ」

「まあ、俺よりはな」
と言うマグマに、茉守は、

「あなたも親切ですよ」
と言う。

「こんなところまで案内してくださって」

「……ジイさんたちに頼まれたし、暇だから」
とマグマは素っ気なく言う。

 茉守は今来た道を振り返りながら、
「でも、本土の墓に参るのが大変って。
 此処も山の上ですよ」

 お年寄りには大変なのでは?
と言ったが、

「遠回りになるが、車が入れる道があるんだ」
とマグマは楠の向こうに広がる林の方を指差した。

「このちょっと上の海が一望できる場所に、老人たちの集会所がある。
 そこにバスがとまるから、ついでに拝みに来るのにいいらしいんだ」

「まあ、此処には墓も死体もないかもしれませんが。
 霊なら居ますしね。

 拝みたい方の霊もいらっしゃるかも」

 何処にっ? とニートと二人、キョロキョロしはじめる。

「あ」
と茉守が声を上げると、なんだっ? と二人で振り返ってきた。

「でも古い霊ですし。
 今のご老人たちが拝みたい方とは違うかも。

 戦国武将の霊みたいですね。
 立派な鎧を着てらっしゃいますよ」
と言ってマグマに、いや、それ、誰なんだっ、と激しく突っ込まれる。

「此処に逃げてきた戦国武将か?
 追ってきてやられた戦国武将か?

 それとも、別の奴か?
 気になるだろっ」

「さあ?
 私、霊の方とは、意思の疎通ができないので、すみません。

 家紋とかもよく見えないですし。
 誰かもっとよく見える人に訊いてみてください」

 よく見える方って何処に居るんだよっ、と叫ばれながら、茉守は白地図を取り出した。

 側まで来ていたニートが、あのよく通る声で訊いてくる。

「なにしてるんだ?」

「自分でこれと思う観光名所を書けと役場の人に言われたので」

 墓守
 ニート

「……俺は観光名所じゃないからな」

 此処までのアクセス方法まで描き込んでいる茉守にニートが上から覗き込みながら、そう言った。

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