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遥人の結婚式 ―千夜一夜の物語―
結末――
しおりを挟む「……遥人」
政臣を見下ろすと、彼は車椅子の肘掛に頬杖をついたまま言った。
「お前はやはり、わしに似てるな」
「え……」
「面食いだ」
那智が吹き出す。
「お前の母親も初めて会ったときから、目を見張るくらい美しかった。
そして、このお嬢さんのように姿勢が良くて、いつも透徹とした瞳でわしを見ていた。
なにか今までの生き様すべてを見透かされているようで、わしは生まれて初めて、人の前に立って恥ずかしいと思ったよ」
那智と母は似ている、か。
遥人は溜息をついて言った。
「似ているようで、似てないですよ。
母はこんなことが出来るような女じゃなかった。
わかっています。
母が莫迦な女だっただけだ」
遥人は那智を振り向いて言った。
「お前なら、男に捨てられ、路頭に迷っても、ああはならなかっただろう」
「そんなことはありません。
いろいろとおありだったんでしょう。
専務のお母様ですから、聡明な方だったはずです。
子を見れば、その親がわかりますから」
政臣が自分を見上げて言う。
「お前、人の女を罵るなよ」
「俺の母親ですよ!?」
あのとき捨てておいて、なに言ってんだっ、と思っていると、政臣は、あっけらかんと言った。
「いや、もう死ぬと思ってたんだ。
だから、美奈子の足手まといにはなりたくなかった」
と母、美奈子を懐かしむように目を細める。
「……あれから何年経ったと思ってるんですか。
もう充分な長生きですよね」
「医学の進歩というのは恐ろしいものだな、遥人」
「きっと貴方は今回も死にませんよ」
と言い捨てる。
「まあ、一応、これは助かるかな、と思ってから、性懲りも無く、お前たちを探してみたんだ。
だが、すぐには見つからなくて。
そういう意味では、そこのお嬢さんが言うように、お前の母親は聡明すぎたんだろう。
自分たちの痕跡も消せないような女なら、すぐに居所をつかめただろうに」
そういう意味では、那智の方が賢いかな、と思う。
那智なら、逆に、わざと、たどれるような痕跡を残していそうだからだ。
……よく考えたら、恐ろしいな、こいつ、と思った。
カピバラみたいに、のほーんとして見えて、中身はやはり、残虐な王をやり込めた狡猾なシェヘラザードだ。
それも、おのれのためにやっているわけでもないところが、まさしくシェヘラザードそのものだ。
「わしが見つけときには、お前の母親にはもう別の男が居たんだ。
……寂しかったんだろうな」
とぼそりと言う。
「そっちの娘さんは、遥人が死んでも次を見つけそうにはないが」
と言う政臣に、
「いや、このカピバラはすぐに流される女なんで」
と那智を指差し言うと、
「どういう意味ですかっ。
専務じゃなかったら、流されてませんっ」
と言い返してきた。
そんな二人のやりとりを見ていた政臣が唐突に言った。
「なんだったら、二人で、この式場、使ってもいいぞ」
「嫌ですよ、こんな縁起の悪いとこっ」
と二人で声をそろえて言ってしまう。
那智にとっては、自分が別の女と結婚しようとした場所だし、自分にとっては、父親を撃ち殺そうとした場所だ。
「私、もう帰ります。
あとはご自由にっ」
と言って那智は身を翻し、行ってしまう。
「桜田くん」
と何処へともなく政臣が呼びかけると、はい、と桜田が姿を現した。
政臣は、ひとつ溜息をついて、
「今日はありがとう。
一太のことも頼みます……」
と言う。
そう言う政臣は、ぐっと老け込んで見えた。
桜田は黙って頭を下げる。
一太というのは、確か梨花の兄の名前だった。
政臣はこちらを見、言った。
「一太はもうすぐ公安に捕まる。
梨花はそのうち、何処かへ嫁ぐだろう。
この城にはもう誰も残らない。
お前が継いでみるか。
お前は、わしの息子だ。
誰にも文句は言わせない」
血はつながってなくとも家族だと、いつか那智に自分が那智と桜田との関係を評して言ったことを思い出す。
「……いえ。
欲しかったら、自分で奪い取ります」
「やっぱり、わしの息子だな」
と政臣は笑った。
遥人は銃を桜田に返し、歩き出そうとした。
「何処へ行く、西澤遥人」
目くらましのために養子縁組をする前の自分の名前を桜田は呼んだ。
「おいっ。
那智のところへ行けよっ」
「いえ……」
少し振り返り、そう言うと、
「……そう来ると思ったっ」
そう言い様、つかつかと歩み寄ると、遥人の頬を引っ叩いた。
「さっき、お前に手を貸す代わりに、那智を幸せにしろと言わなかったか。
今すぐ、那智を追え。
文句は言わせないぞ。
俺にはお前を殴る権利がある。
俺は那智の父親だからな」
「……知っています」
「俺は――
那智の実の父親だから」
……は?
「俺は那智の血のつながった父親だ。
ほら、早く行けっ。
俺が今、どんな思いで言ってると思ってるんだ~っ。
お前も娘を持てばわかるっ」
はーやーくー行けーっ、と呪いの言葉のように言う桜田を、政臣が笑って見ている。
押されるように歩き出しながらも、遥人は振り返り訊いた。
「ちょっと待てっ。
あんた、幾つだっ」
「三十八だっ。
いいから行けっ」
那智は幾つのときの子だ!?
行~け~っ、という娘を嫁に出す前の父親の怨念の声のようなものに押されながら、遥人は式場を後にした。
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