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遥人の結婚式 ―千夜一夜の物語―
こんな日に限って誰も来ない
しおりを挟む当たり前だが、その日はやってきた。
なんでだか、直前にそれが来ても、まだずいぶんと先のことのように感じていたのだが。
ついに訪れた土曜日。
遥人の結婚式の前日だ。
今日は遥人は式の準備で居ない。
那智は自分の家のリビングで転がり、ぼーっとしていた。
桜田さんどころか、洋人も、お母さんも来やしない。
……まあ、あの人は常日頃から来ないけど。
友達と遊んでもよかったのだが、なんだか気乗りがしなくて、結局家に居ることにした。
天井をぼんやり眺めていると、スマホが鳴る。
専務なわけないしなー。
ああ、鳴ってる鳴ってる。
ああ、切れた。
……あれ?
また、鳴ってる。
なにか急ぎの用だろうか、とのそりと起き上がり、今日は遥人からかかる予定はなかったので、鞄に放り込んだままだったスマホを取り出した。
「……亮太」
一瞬、出るのやめようかな、と思ったが、出る。
『那智、どっか行かねえか』
開口一番、亮太はそう言ってきた。
『お前も家に居ても気分が悪いだろ』
俺もだ、と亮太は言ってくる。
そういえば、亮太にとっても、梨花さんの結婚式なんて嬉しいもんじゃないもんな、と思った。
「そうだねー。
どっか行こうか。
亮太を慰めに」
『お前をだろ、ボケ』
と言って電話は切れた。
そんなに時間を置かずにもう一回かかってきた。
『何処だ、那智。
この辺だろ、家』
という声がする。
窓から見下ろすと、少し手前に、亮太の車が止まっていた。
「すぐ近く。
今行くー」
と言って部屋を出た。
「お待たせー」
と車に乗ると、
「めちゃめちゃラフだな」
と亮太は上から下まで那智を見て言ってくる。
「そう?
確かに部屋に居たときのままだけど。
別にその辺出かけてもおかしくない格好だよ」
と言うと、ああそうか、と亮太は言った。
「いつも会社か会社帰りにしか会わないから、スーツだもんな。
初めて見たよ、普段着」
「そういえば、そうだね。
亮太も普段着だ」
と笑った。
「どっか行きたいとこあるか?」
と寄せていた車を道に戻しながら亮太は言う。
「んー、特にないよ。
亮太の行きたいところでいい。
今日は亮太を慰める会だから」
「だから、てめーをだろ……」
と言いかけた亮太は、
「じゃあ、俺の行きたいところに絶対行けよ」
と、にやりと笑って言ってきた。
「……やめとく」
「勘がいいな」
と亮太が笑う。
「梨花と初めて行ったホテルに連れていこうかと思ったのに」
「趣味悪いよ、亮太」
「……ホテルはホテルでも違うとこ行くか」
少し考え、そう言ってくる。
「え?」
「確か、ケーキバイキングやってるところがあるぞ」
「あ、行く行く」
「ついでに、カップルだとか言って、式場とか見せてもらうか」
「亮太、それって……」
遥人たちが式をやるホテルではないのか。
身内だけでやる式らしいが。
とは言っても、結構人数は来ると思うが。
ともかく、細かい話は訊かなかった。
訊きたくもなかったし。
何処でやるのかも知らなかったのだが、どうやら、梨花の父の知り合いがやっているホテルらしいということは、たまに遥人が電話で話しているときなどに漏れ聞こえて来ていた。
「行きたくない」
と那智は膝の上の鞄を強く握る。
「あ、そう。
じゃあ、いいけど。
後悔すんなよ」
「……後悔なら、きっとするよ」
那智が窓の外を見ると、亮太は何故か、また車を寄せた。
振り向いた瞬間に助手席の背もたれに手をかけ、身を乗り出してきた亮太にキスされる。
振りほどこうと頑張ったが、すぐには無理だった。
「亮太っ」
とバックで頭を殴ると、
「……撲殺だ。
殺人事件だ」
と頭を押さえて呟く。
「正当防衛よ。
強姦罪で訴えてやるっ」
「なにが強姦罪だ……」
そう言ったあとは、いつもの調子で、車を元に戻して、走り出す。
「ひどい~。
ひどい~。
まだ専務ともそんなにキスしてないのに~っ」
「まだってか。
もう終わりだろ」
どすっ、と来たぞ、その一言。
こいつ、慰める気は皆無だな、と思った。
「専務はもう諦めて、新しい恋に向かって羽ばたけ」
「新しい恋ってなにっ?」
と怒っている勢いのまま振り向いて言うと、亮太は無言で自分を指差す。
「ないなー」
と言うと、訳知り顔で、
「最初はそう思うもんだよ。
お前、最初の頃、専務を見て、この人だって思ったか」
と言ってくる。
……そういえば、思わなかったけど。
好みじゃないが、綺麗な顔だとしか思わなかった。
だから、まさか、こんな風になるとは思っていなかった。
「でも、私、たぶん、これが初恋なのに?」
そう那智は恨み言を言ったが、
「だから、初恋ってのは、叶わないもんだよ。
お前にとって、俺はもう二番目の男だから、関係ないけどな」
と亮太は言う。
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