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浮気相手のちょっとした秘密

恐ろしい夢ばかり見る――

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「なに見てるんだ、那智」

 時間が合わなくて、今日も夕食はコンビニ弁当になってしまった。

 食べ終わった那智は、強烈なカレーの匂いのする遥人の部屋で膝を抱え、テレビを見ていた。

「いえ、あったかそうだな、と思って」

 見ると、ニュースでは程よく、カピバラが湯を浴びていた。

 目を閉じ、思索耽っているような、なにも考えてなさそうなような。

 カピバラに各地の温泉をプレゼントしたというニュースだった。

 どんだけ愛されてるんだ、カピバラ。

 家族連れが楽しそうにカピバラに青草を与えている。

「これ、いつまでやってるんだ?」
「この祝日までみたいですよ」

「じゃあ、行ってみるか?」

 え? と那智が振り返る。

「見に行ってみるか、カピバラ」
「……ちょっと遠いですよ」

「いいんじゃないか?」
と言い、立ち上がると、那智は笑った。

 カラの弁当箱を片付けようとすると、慌てて那智も立ち上がる。

「いいから、お前は珈琲でも淹れてくれ。
 ……逆の方がいいか」

 うちにインスタントはない、と言うと、
「そ、そうですね」

 はは、と那智は苦笑いしていた。
 


 遥人の部屋で、那智はいつものように膝枕をしてくれた。

「なんの話、しましょうかねー。
 もういい加減、しょうもない話も尽きてきましたよ」
と言うので、

「嘘をつけ」
と言った。

「お前の人生はしょうもないことのオンパレードだろうが」

「言いますね~。
 っていうか、今、こうしていることが、一番不毛でしょうもない気がするんですけどね」

 確かに不毛な感じはするな、と思いながら、遥人は起き上がる。

「もういい。
 お前も寝ろ」
と言うと、

「あれ? 怒ったんですか?」
と聞いてくるので、いや、と答えた。

「今日はなにも喋らなくていいから、側で寝てろ」

 那智の方が神経が太いなと思う。

 こいつは、本当にいつも通りだ。

「わかりましたよー」
と言いながら、この豪胆なシェヘラザードはそのまま横になる。

 枕許の暖かいオレンジの光に照らされた那智の顔を見ると、彼女は、へらりと笑う。

「……機嫌がいいな」

 身体を那智の方に向けて言うと、
「だって、生カピバラですよ」
と言ってくる。

「生カピバラ……。
 生チョコみたいだな」

 すぐ側にある那智の顔に向かって言うと、那智は笑った。

 キスくらいならしてもいいだろうか。
 だが、この状況で、そこで止めておく自信はない。

「那智」
「はい」

「手とかつないでみてもいいか?」

「……いいですよ」
と那智はわざとちょっともったいぶって見せ、言う。

 そっと那智の手をつかんだ。

 細い手だ。

 その滑らかな手の甲を口許に持っていき、目を閉じた。

「そうしてると、王子様みたいなんですよね、専務」

「そうしてるとってなんだ?」

 他のときはまずい、みたいに聞こえ、睨んでしまう。

「だって、職場ではめちゃめちゃ凶悪ですよ。
 女子社員でも容赦なく叱るし」

「女だからってなんだ。
 お前たち、いつも男と対等に仕事してると認めて欲しいと言ってるじゃないか」

「そうなんでしょうね。
 専務はそうして、私たちを認めてくれているから、男子社員と同じように叱り飛ばすんでしょうね。

 でも、怖いです」
と目を閉じ、困ったような顔で言うので、笑ってしまった。

「特に最近、私には容赦ないですよね」

「当たり前だ。
 お前には特に厳しくすることにしている」

「なんでですか。
 実は仕事の面で、私に期待してくれてるとか」
と機嫌よく言ってくる那智に、そんな莫迦な、と答える。

「うっかり頭とか撫でてしまわないようにだ」

 仔犬が駆け寄るように書類を持ってくる那智に、よくやった、でかした、と頭を撫でてしまわないように。

「那智」
と呼びかけ、目を閉じる。

「はい?」

 ……愛してるよ。
 たぶん。

 俺の人生で、お前が一番俺の心の近くに居ると思うから。

 なにも言わなかったのに、那智は何故だか、嬉しそうに笑った。

 ゆっくりと眠りに落ちていく。

 一番気持ちのいい時間だ。

 仕事の疲れもなにもかも溶け出して何処かに行ってしまうような。

 那智が現れる前はこうではなかった。

 眠ることはただ恐怖だった。

 恐ろしい夢ばかり見る。

 遺体の安置所で、白い布をかけられていた母親がむくりと起き上がってくる夢とか。

 生き返って欲しいと願っているのに、何故、あんなに恐ろしいのか。

 母が自分に復讐してくれと言っているような気がして。

 いや、違うか。

 ……復讐しないでくれと言っている気がして。

 今はそう思う。

 それを自分が認めたくなかっただけだ。

 でも、那智と居るようになってから、母はそんなこと望んでないと、はっきりわかるようになった。

 それでも止まれないよ、那智。

 そう心の中で彼女に呼びかける。

 もうこの先に俺たちの未来はない。

 那智が片手で肩に布団をかけ直してくれるのを感じた。

 まるで母のように。

 だが、自分にとって、那智は母ではない。

 抱きしめたい衝動に駆られたが、そのまま寝たふりをし、やがて、那智の寝息が聞こえ始めると同時に自分もまた、寝てしまった。


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