44 / 60
浮気相手のちょっとした秘密
恐ろしい夢ばかり見る――
しおりを挟む「なに見てるんだ、那智」
時間が合わなくて、今日も夕食はコンビニ弁当になってしまった。
食べ終わった那智は、強烈なカレーの匂いのする遥人の部屋で膝を抱え、テレビを見ていた。
「いえ、あったかそうだな、と思って」
見ると、ニュースでは程よく、カピバラが湯を浴びていた。
目を閉じ、思索耽っているような、なにも考えてなさそうなような。
カピバラに各地の温泉をプレゼントしたというニュースだった。
どんだけ愛されてるんだ、カピバラ。
家族連れが楽しそうにカピバラに青草を与えている。
「これ、いつまでやってるんだ?」
「この祝日までみたいですよ」
「じゃあ、行ってみるか?」
え? と那智が振り返る。
「見に行ってみるか、カピバラ」
「……ちょっと遠いですよ」
「いいんじゃないか?」
と言い、立ち上がると、那智は笑った。
カラの弁当箱を片付けようとすると、慌てて那智も立ち上がる。
「いいから、お前は珈琲でも淹れてくれ。
……逆の方がいいか」
うちにインスタントはない、と言うと、
「そ、そうですね」
はは、と那智は苦笑いしていた。
遥人の部屋で、那智はいつものように膝枕をしてくれた。
「なんの話、しましょうかねー。
もういい加減、しょうもない話も尽きてきましたよ」
と言うので、
「嘘をつけ」
と言った。
「お前の人生はしょうもないことのオンパレードだろうが」
「言いますね~。
っていうか、今、こうしていることが、一番不毛でしょうもない気がするんですけどね」
確かに不毛な感じはするな、と思いながら、遥人は起き上がる。
「もういい。
お前も寝ろ」
と言うと、
「あれ? 怒ったんですか?」
と聞いてくるので、いや、と答えた。
「今日はなにも喋らなくていいから、側で寝てろ」
那智の方が神経が太いなと思う。
こいつは、本当にいつも通りだ。
「わかりましたよー」
と言いながら、この豪胆なシェヘラザードはそのまま横になる。
枕許の暖かいオレンジの光に照らされた那智の顔を見ると、彼女は、へらりと笑う。
「……機嫌がいいな」
身体を那智の方に向けて言うと、
「だって、生カピバラですよ」
と言ってくる。
「生カピバラ……。
生チョコみたいだな」
すぐ側にある那智の顔に向かって言うと、那智は笑った。
キスくらいならしてもいいだろうか。
だが、この状況で、そこで止めておく自信はない。
「那智」
「はい」
「手とかつないでみてもいいか?」
「……いいですよ」
と那智はわざとちょっともったいぶって見せ、言う。
そっと那智の手をつかんだ。
細い手だ。
その滑らかな手の甲を口許に持っていき、目を閉じた。
「そうしてると、王子様みたいなんですよね、専務」
「そうしてるとってなんだ?」
他のときはまずい、みたいに聞こえ、睨んでしまう。
「だって、職場ではめちゃめちゃ凶悪ですよ。
女子社員でも容赦なく叱るし」
「女だからってなんだ。
お前たち、いつも男と対等に仕事してると認めて欲しいと言ってるじゃないか」
「そうなんでしょうね。
専務はそうして、私たちを認めてくれているから、男子社員と同じように叱り飛ばすんでしょうね。
でも、怖いです」
と目を閉じ、困ったような顔で言うので、笑ってしまった。
「特に最近、私には容赦ないですよね」
「当たり前だ。
お前には特に厳しくすることにしている」
「なんでですか。
実は仕事の面で、私に期待してくれてるとか」
と機嫌よく言ってくる那智に、そんな莫迦な、と答える。
「うっかり頭とか撫でてしまわないようにだ」
仔犬が駆け寄るように書類を持ってくる那智に、よくやった、でかした、と頭を撫でてしまわないように。
「那智」
と呼びかけ、目を閉じる。
「はい?」
……愛してるよ。
たぶん。
俺の人生で、お前が一番俺の心の近くに居ると思うから。
なにも言わなかったのに、那智は何故だか、嬉しそうに笑った。
ゆっくりと眠りに落ちていく。
一番気持ちのいい時間だ。
仕事の疲れもなにもかも溶け出して何処かに行ってしまうような。
那智が現れる前はこうではなかった。
眠ることはただ恐怖だった。
恐ろしい夢ばかり見る。
遺体の安置所で、白い布をかけられていた母親がむくりと起き上がってくる夢とか。
生き返って欲しいと願っているのに、何故、あんなに恐ろしいのか。
母が自分に復讐してくれと言っているような気がして。
いや、違うか。
……復讐しないでくれと言っている気がして。
今はそう思う。
それを自分が認めたくなかっただけだ。
でも、那智と居るようになってから、母はそんなこと望んでないと、はっきりわかるようになった。
それでも止まれないよ、那智。
そう心の中で彼女に呼びかける。
もうこの先に俺たちの未来はない。
那智が片手で肩に布団をかけ直してくれるのを感じた。
まるで母のように。
だが、自分にとって、那智は母ではない。
抱きしめたい衝動に駆られたが、そのまま寝たふりをし、やがて、那智の寝息が聞こえ始めると同時に自分もまた、寝てしまった。
1
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
遅咲きの恋の花は深い愛に溺れる
あさの紅茶
恋愛
学生のときにストーカーされたことがトラウマで恋愛に二の足を踏んでいる、橘和花(25)
仕事はできるが恋愛は下手なエリートチーム長、佐伯秀人(32)
職場で気分が悪くなった和花を助けてくれたのは、通りすがりの佐伯だった。
「あの、その、佐伯さんは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、その節はお世話になりました」
「……とても驚きましたし心配しましたけど、元気な姿を見ることができてほっとしています」
和花と秀人、恋愛下手な二人の恋はここから始まった。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜
長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。
しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。
中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。
※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。
※小説家になろうにて重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる