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浮気相手のちょっとした秘密

あともう少し……

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 遥人は専務室から、下を眺めていた。

 此処に居るのもあと少しか、と思う。

 自分のような若造には過ぎた場所だった。

 だが、あの人の近くに行くにはこれしかなかった。

 前会長は体調を崩したことを理由に人前には出なくなっていたから。

 だが、可愛がっている梨花の結婚式には必ず来るはずだ。

「……那智」

 彼女のことだけが唯一、心残りだ。

 声をかけるんじゃなかったな、と思う。

 那智の心に傷を残してしまうかもしれない。

 自惚うぬぼれかもしれないが、そう思う。

 だが、今更、止めることは出来ない。

 あの日から、そのためだけに生きてきたのだから。

 警察に呼ばれて、母の遺体を確認した。

 白い布の下の母親は普通に笑っているように見えた。

 昔、自分を穏やかに笑って送り出してくれていたときみたいに。

 母親を殺した当人は、既に警察に捕まっている。

 だが、自分が恨んだのは、そいつではない。

 こんな状況にまで母を追い込んだ人間だ。

 昨日、前会長の体調がすぐれないから、式を早めてくれと梨花の父に言われた。

「……死なせない。
 俺が殺す前に、呑気に病気で死ぬなんて真似、絶対にさせない」

 ふっと夕べの那智とのキスが思い起こされた。

 本当はなにもしない方がよかったんだろうけれど。

 あれくらいの思い出を抱いていくことくらいは許して欲しいと、誰にだかわからないが、願っていた。

 神様なんて、きっと何処にも居ないけど。

 もしかしたら、那智を自分の許に寄越したのはそういう存在なのかもしれないとも思う。

 あの呑気な顔を見て、思いとどまれというように。

 那智が見た目通りにのんびり生きてきたわけではないことはわかっている。

 それでもあんな風に生きられる彼女をすごいと思う。

 それは、自分では決してたどり着けない場所だから。

 だからこそ、自分などが那智に触れてはいけないと思っていた。

 自分のような人間が彼女に傷を残してはいけないと……

 そう思っているのに。

 デスクの上に置いてあるスマホが震える。

 少し迷ってそれを取ると、那智だった。

『専務、今日はどっちにしますか?

 うちですか?
 専務のおうちですか?』

 いつもの調子で那智が訊いてきた。

 だから、自分もいつも通りに答えた。

 那智がなにも知らないはずはない。

 さっき、社長が早まった式の打ち合わせに来て、それを素知らぬ顔で聞いていた公子が、今、居なくなっているからだ。

 それでも、那智が普段通りに振舞ってくれるのなら、今はそれに甘えようと思う。

 最後くらいは、そんな我儘も許されるのではないのだろうか。

 勝手な考えだとは思うが。

 この一週間、式の準備以外では、梨花には会わないようにしようと思っていた。

 忙しいからと言ったが、向こうも何故かそれを承諾してくれた。


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