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浮気相手のちょっとした秘密

冗談だよ

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 結局、同期の呑み会に顔を出したが、気が落ち着かなくて楽しめなかった。

 あまり好きでない薄い酎ハイを呑みながら、何度も店の時計を確認する。

「常務はいい人だなあ」

 ちゃっかり隣に座っている亮太も、今日はあまり呑んでおらず、箸袋でなにかを折りながら、そう呟く。

「朝、俺たちが付き合ってるって言ったのに、律儀に誰にも言わなかったんだな」

 何処でも噂になってねえ、と愚痴る。

「常務はそんな品のないことなさらないわよ」
と言うと、

「じゃあ、桃子たちは品がないのか。
 今、此処で言って、内緒だぞ、と言っても、明日には社内の全員が知ってると思うぞ」
と折りかけの箸袋で、盛り上がっている桃子を指し、言ってくる。

 まあ、女子は噂好きだからな、と思った。

 内緒ですよ、とそれぞれが言いながら、噂を伝播させていく。

「俺なんか、受付の女の子と一回テニスに行っただけで、付き合って別れたことにされたぞ」

「それ、女の子も否定しなかったからじゃないの?」

 なんだかんだでモテるからな、と思いながら言うと、亮太は、ほら、と手のひらに折った小さな犬らしきものを載せ、見せてくる。

「えっ。
 意外に器用ね」
と言うと、テーブルに置き、那智の箸をその上に載せてくれた。

 箸置きらしい。

「ネズミも作れるぞ」

 威張ったように言う亮太をちょっと可愛いと思い、笑って、
「すごいね」
と言うと、亮太は何故か赤くなる。

「なに二人で話してんだよ」
と隣の席の友人に話しかけられ、亮太は、

「いや、俺、那智と付き合おうかと思って」
とそっちを向いて言い出した。

 ええーっ? と聞いていないかと思っていた桃子たちが向かいの席から言ってくる。

「……冗談よ、いつもの」
 那智はそう流そうとした。

 亮太が酔って、女の子に付き合おうと言うのなんて、しょっちゅうだからだ。

「いやー、でも、那智には今までなかったじゃない」

 酔ってるわりに冷静に桃子は言ってくる。

 そういえば、そうだ。

 ……失礼な奴だな、と思った。

 何故、今まで、私にだけ言わなかった。

 まあ、梨花さんみたいな人が好みなら、私みたいなのは好みじゃないんだろうな、とは思うが。

「いや、本気」

 宣誓するように片手を挙げて、亮太は言う。

「だから、二次会、奢ってください、那智さん」

 そう大真面目に亮太が言い、みんながどっと笑う。

「だから、行かないってば、二次会~っ」
と二人でもめ始めるのを、みんなはもう冗談だと思って、流していた。

 みんなの視線が外れるのを待って、顔を近づけた亮太が小声で言ってくる。

「誤魔化してやったぞ、感謝しろ」

 いや、そもそもあんたが振った話じゃ……と思ったのだが、これ以上面倒臭くなっても嫌なので、はいはい、と返事をした。

 もう一度、時計を確認する。



 なんで押し切らなかったんだろうな。

 今みたいなやり方で、付き合うところまで持ち込んだことのある亮太は、頬杖をついて考えていた。

 なんで今、那智のために誤魔化してやったんだろう。

 ちょっと自分がわからない。

 もうみんなは違う話題で盛り上がっていて、那智もそれに混ざっていた。

 なんだかんだ言ってるわりには楽しそうだ。

 まあ、こいつ、いつでも何処でも楽しそうだからな、とその顔を眺めていた。

 だが、那智は笑いながらも、ちらちらと時計を確認している。

 その表情を見ていた亮太は立ち上がった。

「行こう、那智」

「え?」
 いきなり手を握られた那智が見上げる。

「帰ろう」

 外に連れ出し、扉を閉めたあとで、中からの騒ぎが聞こえてきた。

「なにあれっ」

「どうなのっ?
 結局、ほんとだったの?」

「那智、なんで素直について行ってんのよっ」

 お前らうるせえよ。
 店の迷惑だろうが、と半分振り返りながら、苦笑いする。

「亮太」
と戸惑うように自分を見上げてくる那智の手を離した。

「早く行けよ、専務のところに。
 無理やり連れ出して、悪かったよ」

「亮太……」

 自分を見上げ、那智はくすりと笑う。

「やっぱり優しいね。
 ありがとう、亮太」

「優しくねえだろ。
 優しかったら、邪魔するみたいに、こんなところまで引っ張ってこないだろ」

 だが、那智は笑っていた。

 その那智に見つめられ、慌てたように、
「いやっ、俺はお前とか、ほんと好みじゃねえからっ」
と言うと、

「わかってるよ」
と彼女は言う。

「好みじゃねえんだけど……。
 頬ならいいんだっけ?」

 は? という顔をした那智の腕をつかみ、その頬に軽く口づけた。

「……は?」
と那智は今度は声に出していい、きょとんと自分を見上げてくる。

 無性に恥ずかしくなってきた。

 頬にキスするとか。

 しかも、頬にしたうえに、赤くなるとか。

 小学生か、俺はっ、と思いながら、落ち着かなくなって、頭を掻いた。

「ほら、帰れ。
 駅まで送ってやるから、帰って、専務に懺悔しろ。

 別の男にキスされましたって」

 そう言うと、那智は何故か、微笑んだ。

「なんかわかんないけど、ありがとう」
 そう言って。

 なんかわかんないけどってなんだ?

 いや、俺自身どうしたいのかわからないけど。

 本当に……わからない。

 そう思いながら、那智と並んで駅まで歩いた。


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