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間抜けな部下のそれほどでもない秘密
裏切り者~っ
しおりを挟むそれぞれ着替えて、ダイニングに行くと、朝食が三人分、用意されていた。
「桜田さんっ」
珈琲だけじゃなかったのかっ、と思い、感激の意思を込めて、その名を呼ぶと、桜田は、
「お前ら、どうせ、いつも朝適当なんだろう。
朝はしっかり食べてけ」
と言い出す。
「どうしたんですか、桜田さん。
どっかのマイホームパパみたいですよ。
お父さんみたい」
と祈るように手を合わせて言うと、通りすがりに、阿呆か、と頭を小突かれる。
「見たい番組があるんだ。
テレビ見ながら食べよう」
とカウンターから料理をテレビの前のテーブルに運び始める。
やっぱり、お父さんじゃない、と那智は思った。
普通、子どもには、テレビを見ながら食べるのやめなさい、とか言わないだろうか。
自分から率先して見せるとかどうなんだ。
そんなことを考えながら、遥人と一緒に皿を運ぶ。
桜田と朝の番組を見ながら、三人で食べた。
なにを見たいのかと思ったら、占いのコーナーのようだった。
「辰巳遥人、お前、なに座だ」
としょうもない世間話を遥人と始める。
遥人の桜田に対する態度はかなり軟化していた。
そのうち、二人だけで話しだしてしまうが、なんとなく嬉しかった。
「ほら、那智。
ヘラヘラしてないで早く食え。
お前らがいちゃついてるから、支度が遅れて、遅刻気味だぞ」
と桜田がこちらを見て言った。
「俺は今日はまだ時間に余裕があるから、片付けといてやる」
そう桜田が言ってくれたので、二人で食器だけ下げた。
遥人が洗面所に居る間、那智がバックの中の物を整えていたら、那智、と桜田に腕をつかまれる。
「さっき、洋人とすれ違ったが」
と声を落として訊かれた。
「来たもの、ここを確認に。
たぶん、お母さんに頼まれて。
桜田さん、お母さんに言った? 専務のこと」
と言うと、渋い顔をする。
「……裏切り者っ」
と桜田の足を踏みつけた。
いてっ、と一瞬、手を離したが、桜田は、また那智の腕をつかんで、真面目な顔で言ってくる。
「心配してるんだ、那智。
俺もあいつも」
そう言われると、文句を言いづらいな……と思った。
困った顔をして、桜田を見上げていると、ふっと桜田は表情を緩め、
「まだまだお前にキスしていいのは、俺だけだ」
と言い、那智の頬に口づけてきた。
「もうっ、やめてくださいよっ」
と言ったとき、遥人が出てきた。
桜田がつかんでいる那智の腕を見ている。
うう、間の悪い人だ、と那智は思った。
「じゃあ、ここで」
とマンションの下で那智は遥人に手を振る。
遥人は車で、那智は電車で行くのだ。
ここから会社まで、たいした距離ではないので、他の通勤途中の人に見つかる可能性も高い。
別に動いた方がいいとわかっていた。
遥人は物言いたげな顔をしたが、那智は笑顔のまま、
「行ってください」
と手を振った。
駐車場に行く遥人の背を見送ったあとで、駅に向かい、歩き出す。
なんかもう……嬉しかったり、切なかったり。
毎日、感情が忙しいな、と思っていた。
遥人の車が横を通り、手を振った。
遥人はちょっとこっちを見たが、相変わらず物言いたげな顔をしたまま、笑わなかった。
「あーあ……」
那智は小さく声に出して、溜息をつく。
気持ちを切り替えるためだ。
お前からは、のんびり生きたいという強い意思を感じる、と遥人は言った。
確かに、感情を波立たさせず生きていくのには、それなりに労力がいる。
気持ちを常に切り替える労力だ。
そんなこと慣れていたはずだった。
桜田が居なくなったときも、友人たちに相談することも、話をすることもしなかった。
自分の中で切り替えられると思っていたからだ。
でも、なんか、今回の方が、こたえるなあ……。
年をとったからなのか。
それか、遥人に感じているのが、桜田に感じているのとは、全然違う感情だからなのか。
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