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上司の秘密

嫌な予感は必ず当たる

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「もう一回くらい訊いてくれてもいいのに~」

 つい、そう愚痴りながら、那智はベッドに入った。

 だが、もし、遥人が本当に膝枕してくれると言っても、断るだろうな、と思っていた。

 あの亮太の言葉が頭に残っていたからだ。

『ともかく、専務はやめとけ。
 お前、泣くことになるぞ』

 那智は布団にもぐる。

 専務のことなんて、別に好きじゃないし。

 でも、
『膝枕してやろうか?』
 そう言ってくれた遥人の声にも表情にも、どきりとしてしまったのは事実だ。

 いやいやいやっ。
 本当に好きじゃないしっ。

 そう思いながら、強く目を閉じる。

 寝られないかと思ったが、すぐに眠れた。

 あの部屋に人がいるのを感じるからか。

 そこにいるのが遥人だからか。

 久しぶりに、この家でゆっくり眠れた気がした。

 いや、お前はいつも寝てるだろ、と遥人に突っ込まれそうだったが。

 でもそういえば、遥人の家でもよく眠れる。

 遥人に膝枕をしていると、自分まで眠くなるから。

 あの寝顔を見ていると、どきどきもするけど、不思議に落ち着く。

 あ、やばい。
 爆睡しそう。

 この時間からだと、寝過ごしそうなんだけど。
 そう思った。

 そして、嫌な予感は必ず当たるのだ。

 あのときのように――。



「専務っ。
 専務、専務っ!

 遅刻ですっ」

 朝、那智は遥人の部屋に飛び込んだ。

 外はもう、ぞっとするくらい明るい。

 遥人はベッドに腰掛け、携帯で時間を確認しているところだった。

 この部屋には時計もないからだろう。

「……わかってる」
と言う遥人に、

「なに落ち着いてるんですかっ」
と言うと、

「いや、焦ってもあまり事態は変わらないかなと」
と言ってくる。

「ええーっ。
 遅刻したら、せめて、焦るくらいの誠意は見せましょうよっ」

 それ、誠意か? と眉をひそめた遥人に、はた、と気づいた。

 そうだ。
 この人は、遅刻した人間を断罪する側の人間だったと。

「うう、そうか。
 専務は重役だから、重役出勤でいいんですよねっ」

 だが、遥人は、
「偏見だ。
 上の人間ほど早く来てるだろうが」
と言う。

 そ、そういえば、そうかも。

 より足許をすくわれそうな世界だから、みな、生活態度には気をつけているようだった。

 それにしても、まずい。
 普段なら、もう給湯室に居る時間だ、と思ったとき、部屋で携帯が鳴り出した。

 やばいっ。
 桃子だろうか、と走って戻ると、亮太だった。

 開口一番、
『お前、会社まだ来てないな?
 専務も一緒か』
と言ってくる。

「えっ? なんでっ?」

『さっき、桃子がお前が来てないと言うから、誤魔化しておいてやった。

 朝、エレベーターで会ったって言っておいたぞ。

 ストッキングに缶コーヒーこぼして、財布持って慌てて出てくとこだったって』

「うわ、リアル過ぎ」
と言って、

『前に一度やったじゃねえか』
と言われる。

 そういえば、そうだ。

 そのとき、会社近くのコンビニでおむすびを買っていた亮太と出会って、軽く指先が当たっただけなのに缶コーヒーがひっくり返った不運を延々と嘆き、

『……いいから、早く戻れ』
と言われたのだった。

 あのときは、もともと早めに会社に行っていたから、特に問題はなかったのだが。

『桃子がお前がいるように細工しといてくれるみたいだから、早く来い。
 専務は別に遅れても問題ないだろ。

 一緒には来るなよ』

「亮太」

『感謝の言葉は後でいいから。
 昼飯でも奢れ』

 じゃ、と電話は切れてしまう。

 ほっとして、遥人を振り向いた。

「私の方は、亮太が誤魔化してくれてるみたいです。
 専務、急いでください」

 これで同時に遅刻したことにはならないはずだ。

 だが、遥人はなにやら不機嫌だった。

 しかし、構っていられないので、
「さあ、専務。
 急いでください」
と追い立ててしまう。


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