13 / 60
上司の秘密
嫌な予感は必ず当たる
しおりを挟む「もう一回くらい訊いてくれてもいいのに~」
つい、そう愚痴りながら、那智はベッドに入った。
だが、もし、遥人が本当に膝枕してくれると言っても、断るだろうな、と思っていた。
あの亮太の言葉が頭に残っていたからだ。
『ともかく、専務はやめとけ。
お前、泣くことになるぞ』
那智は布団にもぐる。
専務のことなんて、別に好きじゃないし。
でも、
『膝枕してやろうか?』
そう言ってくれた遥人の声にも表情にも、どきりとしてしまったのは事実だ。
いやいやいやっ。
本当に好きじゃないしっ。
そう思いながら、強く目を閉じる。
寝られないかと思ったが、すぐに眠れた。
あの部屋に人がいるのを感じるからか。
そこにいるのが遥人だからか。
久しぶりに、この家でゆっくり眠れた気がした。
いや、お前はいつも寝てるだろ、と遥人に突っ込まれそうだったが。
でもそういえば、遥人の家でもよく眠れる。
遥人に膝枕をしていると、自分まで眠くなるから。
あの寝顔を見ていると、どきどきもするけど、不思議に落ち着く。
あ、やばい。
爆睡しそう。
この時間からだと、寝過ごしそうなんだけど。
そう思った。
そして、嫌な予感は必ず当たるのだ。
あのときのように――。
「専務っ。
専務、専務っ!
遅刻ですっ」
朝、那智は遥人の部屋に飛び込んだ。
外はもう、ぞっとするくらい明るい。
遥人はベッドに腰掛け、携帯で時間を確認しているところだった。
この部屋には時計もないからだろう。
「……わかってる」
と言う遥人に、
「なに落ち着いてるんですかっ」
と言うと、
「いや、焦ってもあまり事態は変わらないかなと」
と言ってくる。
「ええーっ。
遅刻したら、せめて、焦るくらいの誠意は見せましょうよっ」
それ、誠意か? と眉をひそめた遥人に、はた、と気づいた。
そうだ。
この人は、遅刻した人間を断罪する側の人間だったと。
「うう、そうか。
専務は重役だから、重役出勤でいいんですよねっ」
だが、遥人は、
「偏見だ。
上の人間ほど早く来てるだろうが」
と言う。
そ、そういえば、そうかも。
より足許をすくわれそうな世界だから、みな、生活態度には気をつけているようだった。
それにしても、まずい。
普段なら、もう給湯室に居る時間だ、と思ったとき、部屋で携帯が鳴り出した。
やばいっ。
桃子だろうか、と走って戻ると、亮太だった。
開口一番、
『お前、会社まだ来てないな?
専務も一緒か』
と言ってくる。
「えっ? なんでっ?」
『さっき、桃子がお前が来てないと言うから、誤魔化しておいてやった。
朝、エレベーターで会ったって言っておいたぞ。
ストッキングに缶コーヒーこぼして、財布持って慌てて出てくとこだったって』
「うわ、リアル過ぎ」
と言って、
『前に一度やったじゃねえか』
と言われる。
そういえば、そうだ。
そのとき、会社近くのコンビニでおむすびを買っていた亮太と出会って、軽く指先が当たっただけなのに缶コーヒーがひっくり返った不運を延々と嘆き、
『……いいから、早く戻れ』
と言われたのだった。
あのときは、もともと早めに会社に行っていたから、特に問題はなかったのだが。
『桃子がお前がいるように細工しといてくれるみたいだから、早く来い。
専務は別に遅れても問題ないだろ。
一緒には来るなよ』
「亮太」
『感謝の言葉は後でいいから。
昼飯でも奢れ』
じゃ、と電話は切れてしまう。
ほっとして、遥人を振り向いた。
「私の方は、亮太が誤魔化してくれてるみたいです。
専務、急いでください」
これで同時に遅刻したことにはならないはずだ。
だが、遥人はなにやら不機嫌だった。
しかし、構っていられないので、
「さあ、専務。
急いでください」
と追い立ててしまう。
1
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜
長月京子
ライト文芸
憧れの先輩と一緒にいたのは、派手なドレスを着たお姫様。
わたしは、見てはいけないものを見てしまったらしい。
大好きな人にはそばにいてほしい。
でも、その願いが世界を終わらせてしまうとしたら--。
SF恋愛ファンタジー。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
So long! さようなら!
設樂理沙
ライト文芸
思春期に入ってから、付き合う男子が途切れた事がなく異性に対して
気負いがなく、ニュートラルでいられる女性です。
そして、美人じゃないけれど仕草や性格がものすごくチャーミング
おまけに聡明さも兼ね備えています。
なのに・・なのに・・夫は不倫し、しかも本気なんだとか、のたまって
遥の元からいなくなってしまいます。
理不尽な事をされながらも、人生を丁寧に誠実に歩む遥の事を
応援しつつ読んでいただければ、幸いです。
*・:+.。oOo+.:・*.oOo。+.:・。*・:+.。oOo+.:・*.o
❦イラストはイラストAC様内ILLUSTRATION STORE様フリー素材
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
井の頭第三貯水池のラッコ
海獺屋ぼの
ライト文芸
井の頭第三貯水池にはラッコが住んでいた。彼は貝や魚を食べ、そして小説を書いて過ごしていた。
そんな彼の周りで人間たちは様々な日常を送っていた。
ラッコと人間の交流を描く三編のオムニバスライト文芸作品。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる