上 下
12 / 60
上司の秘密

誰かにいて欲しかったから

しおりを挟む
 
「この部屋を使ってください。
 今、シーツとか敷きますから」

 そう言い、那智は南側の部屋のひとつを見せた。

 ベッドの上も綺麗に片付けられ、物もなにもない。

「まるで、囚人の部屋のようになにもないな」
「……他に例えようはなかったんですか」

 だが、確かに、そのくらいあっさりした部屋だ。

「お前の部屋でもいいんだぞ」

「あ、もしかして、見てみたいんですか?」
と笑うと、

「そうだな」
と言う。

 ど、どうして、この人は、照れもせずにこういうことを言うんだろうな。

 私ひとりが赤くなったりして、莫迦みたいじゃないか、と思いながら言う。

「じゃあ、あとで部屋はお見せしますよ。
 寝るのは、ここにしてください」

「何故だ?」

 那智は長い間、人気ひとけがなかったせいか、妙に寒々しく見えるその部屋を見ながら、

「この部屋に……誰かいて欲しかったんです」

 そう小さく呟いた。



 ふと目を覚ました遥人は、まだ、暗い時間だな、と思った。

 カーテンの外は暗く、時折、車が下の道路を駆け抜ける音がする。

 早朝のようだった。

 こんな時間に目を覚ますと、いつもなら、もう眠れないのだが、今日はもう一度、寝られそうな気がしていた。

 膝枕をしてくれていた那智はもういなくなっていたが、那智の匂いがした。

 シーツのせいかもしれないと思う。

 いつも那智から香るのと同じ洗剤の匂いがするから。

 何故、あの娘が居ると眠れるのだろうな、といつも不思議に思う。

 那智の膝の体温と、あのなにも考えてなさそうな口調が眠りへといざなうのか。

 いや、たぶん、それだけではない。

 那智の中に、自分と同じものがあるのを感じる。

 那智は、つるんとしたなにも考えてなさそうな小動物的な目をしているが、時折、その黒い瞳に影が宿る。

『この部屋に……誰かいて欲しかったんです』

 そう言ったときの那智の瞳は、鏡で見る自分のそれと少し似ていた。

 起き上がり、お手洗いに行ったとき、玄関の方からコトンと音がするのを聞いた。

 朝刊のようだった。

 その瞬間、ドアの外から溜息が聞こえた。

 どうやら、新聞配達の人間が溜息をついているようだった。

 中に聞こえるくらい大きな声だった。

 何故、と苦笑いしていると、後ろで声がした。

「その人、いつもうちの前で溜息をつくと心に決めているみたいなんですよ」

 パジャマ姿の那智が立っていた。

「ちょうど、ここまで来ると、疲れるみたいなんですよね」

「そうなのか。
 うちは下のポストにまとめてだが、高層マンションを配って歩くのは、まあ大変だろうな」
と言うと、

「そうですね」
と言う那智は何故か嬉しそうに笑っている。

 その表情が気になりながらも言った。

「起こしたのか、悪かったな」

「いえ。
 確かに、専務が部屋から出られた音で目が覚めたんですけど。

 それがちょっと……嬉しかったから」

 そう那智は俯きがちに微笑む。

「嬉しい?」

「この家に人がいてくれることが嬉しかったんです。
 っていうか、あの部屋に」

 那智の部屋と自分が泊まっている部屋はちょうど向かいになっていた。

「あそこ、お母さんの部屋だったんですよ。
 ……まあ、あんな人でも母親ですからね」

 そんな那智を見ていた遥人は言った。

「膝枕してやろうか?」
「え?」

「たまには俺が膝枕してやろうか」

「え、なんでですかっ」
と那智は、何故か赤くなって手を振りながら、後退していく。

 ドアノブで打ったらしく、いててて……と腰を押さえていた。

 相変わらず、間が抜けている、と思いながら、遥人は少し考え、呟いた。

「なんで、か。
 そうだな、そのパジャマが可愛いから?」

 考えてみれば、那智のパジャマ姿を見るのは初めてだ。

 いつもなんとなく、うちで寝ているから。

「なっ、なに真顔で言ってるんですか、もうっ」

 膝枕は結構ですっ、と叫びながら、那智は部屋に戻っていってしまう。

 ドアの向こうから、
「専務がやさしいと、なんとなく不気味だしっ」
と叫んできた。

 おい、と思ったが、それ以上言ったら、小動物を部屋の隅に追い詰めて、いじめているような雰囲気になるので、やめておいた。

「そうか。
 おやすみ」
と遥人は部屋に入り、戸を閉める。

 向かいの部屋から、
「……もう一回くらい訊いてくれてもいいのに」
とかなんとか言っているのが微かに聞こえてきて笑ってしまった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

くろぼし少年スポーツ団

紅葉
ライト文芸
甲子園で選抜高校野球を観戦した幸太は、自分も野球を始めることを決意する。勉強もスポーツも平凡な幸太は、甲子園を夢に見、かつて全国制覇を成したことで有名な地域の少年野球クラブに入る、幸太のチームメイトは親も子も個性的で……。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

三度目の庄司

西原衣都
ライト文芸
庄司有希の家族は複雑だ。 小学校に入学する前、両親が離婚した。 中学校に入学する前、両親が再婚した。 両親は別れたりくっついたりしている。同じ相手と再婚したのだ。 名字が大西から庄司に変わるのは二回目だ。 有希が高校三年生時、両親の関係が再びあやしくなってきた。もしかしたら、また大西になって、また庄司になるかもしれない。うんざりした有希はそんな両親に抗議すべく家出を決行した。 健全な家出だ。そこでよく知ってるのに、知らない男の子と一夏を過ごすことになった。有希はその子と話すうち、この境遇をどうでもよくなってしまった。彼も同じ境遇を引き受けた子供だったから。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

金色の庭を越えて。

碧野葉菜
青春
大物政治家の娘、才色兼備な岸本あゆら。その輝かしい青春時代は、有名外科医の息子、帝清志郎のショッキングな場面に遭遇したことで砕け散る。 人生の岐路に立たされたあゆらに味方をしたのは、極道の息子、野間口志鬼だった。 親友の無念を晴らすため捜査に乗り出す二人だが、清志郎の背景には恐るべき闇の壁があった——。 軽薄そうに見え一途で逞しい志鬼と、気が強いが品性溢れる優しいあゆら。二人は身分の差を越え強く惹かれ合うが… 親が与える子への影響、思春期の歪み。 汚れた大人に挑む、少年少女の青春サスペンスラブストーリー。

処理中です...