上 下
8 / 12
あやしいものを見ています

終わりなき戦い

しおりを挟む
 

「赤ずきんちゃんは、やさしいおばあさんのところに、どんぶらこ~、どんぶらこ~」

 芽以は絵本を広げて、翔平とカーペットの上に並んで寝転んでいた。

「どんぶらこ~、どんぶらこ~」

 芽以の言葉を繰り返し、翔平が楽しそうに笑う。

「芽以、翔平が間違って覚えるだろうが」
と出張の前に家に寄ったという兄、ひじりが文句をつけてくる。

 母とキッチンに立っていた水澄みすみが、醤油の瓶を取りにパントリーに向かいながら、
「きっと、途中に滝でもあって落ちたのよ」
と笑う。

 赤ずきんちゃんは、パンの入ったカゴを手に、お椀に乗って、滝から落ちて、そのままおばあさんのところまで、どんぶらこ~、どんぶらこ~。

 ……優雅でいいかな、とちょっと思ったとき、聖がネクタイを直しながら、
「まあ、いいんじゃないか?
 親がこうだと、芽以の子はしっかりするだろうな」
と言ってきた。

 どういう意味だろうな、と思っていると、
「ほら、芽以」
と母親が芽以の前に細長いピンクの箱を出してくる。

「今、ちょうど、砂糖が安かったから、ついでに買ってきたわ」

 ……ちょっと意味がわかりませんが、と芽以は少し起き上がりかけた体勢のまま、その箱を手にフリーズしていた。

 何故、砂糖のついでに妊娠検査薬。

 いや、おそらく、砂糖が安かったから、ドラッグストアに行って、ついでに娘の妊娠検査薬も買ってきたのだろう。

 何故、ドラッグストアで砂糖や卵や酢が安いのか、いつも疑問なのだが。

 起き上がり、その箱を見つめていると、母はキッチンに戻りながら、
「あんた、ほまれちゃんとこ、三人目が出来たってよ」
と言ってくる。

 ええっ?

 この間、新築祝い持って行ったときには、まだ何にも言ってなかったのにっ、と衝撃を受けていると、
「上の子はもう幼稚園だし、家も建てたし。
 誉ちゃんとこは順調ねえ」
とこちらに背を向けたまま、母は言う。

 ひ、一人目もまだ出来ていないのに、なんだこのプレッシャーは……、と箱を手にしたまま、芽以が固まっていると、醤油瓶を持って、戻ってきた水澄が張り付いたような笑顔で言ってきた。

「芽以ちゃん、こういうのはね、終わりがないのよ。
 就職したら、結婚はまだかと言われ、結婚したら、子どもはまだかと言われ、産まれたら、次はまだかと言われ、今度は、家はまだかと言われるの」

 ふふふ、と可愛く笑っているが、怖い……。

 こんな順調そうな水澄でも、いろいろプレッシャーかかっていたのかと、芽以は妊娠検査薬を手に、フリーズしていた。

 ……お母さん。
 人にはそれぞれ、その人の生き方というものがありましてですね、と思ったが、口に出して言おうものなら、この世代の人は、猛反論してくる。

 芽以は沈黙することにした。

 しかし、なにやら、くつろげなくなってきたから、もう帰ろう、と芽以は立ち上がる。

「あっ、芽以ちゃん、もう帰るのっ?」
と翔平が鞄を手にした芽以を見て言ってきた。

「……ちょっと疲れたんで」
と言う芽以に、兄が、

「芽以、赤ずきん、まだ川を下っているがいいのか」
と言ってくる。

 いや、続きはまた、来週……と呟いて、芽以は、もらった晩ご飯のおかずを手に、よろりと家を出た。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

女装バーならドクターストップ!

緒方あきら
キャラ文芸
 ホストをこころざし、お客さんの悲しい目を救いたいと願った青年・藤岡彰人。  夢破れ行き倒れていた彼を拾った女装バー『ドクターストップ』の主、エリザベス茂美。  見た目はゴリラ、しかし心は女神の如き懐の深さと、相手の心情を瞬時に察する洞察力の持ち主である。茂美の接客に憧れ女装バーに勤務することになった彰人は、誰もが見惚れるほどの可愛い男の娘へとなっていく。  閉ざされていた彰人の心はスタッフである美少女男の娘(!?)ナルとバーテンダー古賀との出会いや、訪れるお客さんたちの悲しい物語に触れて変わり始めていった。  そして、あらゆる悲しみを優しく包み込む茂美を目の当たりにして、『悲しい目を変えてあげたい』という思いは募っていく。  ドクターストップでの仕事に追われながら、様々な人々との交流が彰人を少しずつ変えていき――  そんなある日、茂美が倒れてしまう。  茂美のいない店を任されたのは、ほかでもない彰人であった。  茂美不在のドクターストップの最終日、心に大きな傷を負った女性を前に、彰人は心の中で何度も茂美に問いかける。そして彼女の傷を少しずつ、そっと包み込んでいくのであった。  シリアスあり、女装あり、コメディありのお手軽グルメもちょっとあり。  盛りだくさんなひとりの青年の成長物語。

喫茶「ヤスラギ」

睦月初日
キャラ文芸
ここはとある駅の近くにある喫茶店 「ヤスラギ」 今日もいろんなお客と愉快な店員の 会話が流れてくる。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ところで小説家になりたいんだがどうしたらいい?

帽子屋
キャラ文芸
小説を書いたこともなければ、Web小説とは縁も縁もない。それどころか、インターネット利用と言えば、天気予報と路線案内がせいぜいで、仕事を失い主夫となった今はそれすら利用頻度低下中。そんな現代社会から完全にオイテケボリのおっさんが宇宙からの電波でも拾ったのか、突然Web小説家を目指すと言い出した…… ■□■□■□■□■□■□ 【鳩】松土鳩作と申します。小説家になりたい自分の日常を綴ります 【玲】こんな、モジャ頭オヤジのエッセイ、需要ないと思いますよ?(冷笑) 【鳩】頭関係ないだろ?! 【玲】だいたいこの欄、自己紹介じゃなくて、小説の内容紹介です。 【鳩】先に言え!!!

ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編

タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。 私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが…… 予定にはなかった大問題が起こってしまった。 本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。 15分あれば読めると思います。 この作品の続編あります♪ 『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』

処理中です...