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あやしいものを見ています
終わりなき戦い
しおりを挟む「赤ずきんちゃんは、やさしいおばあさんのところに、どんぶらこ~、どんぶらこ~」
芽以は絵本を広げて、翔平とカーペットの上に並んで寝転んでいた。
「どんぶらこ~、どんぶらこ~」
芽以の言葉を繰り返し、翔平が楽しそうに笑う。
「芽以、翔平が間違って覚えるだろうが」
と出張の前に家に寄ったという兄、聖が文句をつけてくる。
母とキッチンに立っていた水澄が、醤油の瓶を取りにパントリーに向かいながら、
「きっと、途中に滝でもあって落ちたのよ」
と笑う。
赤ずきんちゃんは、パンの入ったカゴを手に、お椀に乗って、滝から落ちて、そのままおばあさんのところまで、どんぶらこ~、どんぶらこ~。
……優雅でいいかな、とちょっと思ったとき、聖がネクタイを直しながら、
「まあ、いいんじゃないか?
親がこうだと、芽以の子はしっかりするだろうな」
と言ってきた。
どういう意味だろうな、と思っていると、
「ほら、芽以」
と母親が芽以の前に細長いピンクの箱を出してくる。
「今、ちょうど、砂糖が安かったから、ついでに買ってきたわ」
……ちょっと意味がわかりませんが、と芽以は少し起き上がりかけた体勢のまま、その箱を手にフリーズしていた。
何故、砂糖のついでに妊娠検査薬。
いや、おそらく、砂糖が安かったから、ドラッグストアに行って、ついでに娘の妊娠検査薬も買ってきたのだろう。
何故、ドラッグストアで砂糖や卵や酢が安いのか、いつも疑問なのだが。
起き上がり、その箱を見つめていると、母はキッチンに戻りながら、
「あんた、誉ちゃんとこ、三人目が出来たってよ」
と言ってくる。
ええっ?
この間、新築祝い持って行ったときには、まだ何にも言ってなかったのにっ、と衝撃を受けていると、
「上の子はもう幼稚園だし、家も建てたし。
誉ちゃんとこは順調ねえ」
とこちらに背を向けたまま、母は言う。
ひ、一人目もまだ出来ていないのに、なんだこのプレッシャーは……、と箱を手にしたまま、芽以が固まっていると、醤油瓶を持って、戻ってきた水澄が張り付いたような笑顔で言ってきた。
「芽以ちゃん、こういうのはね、終わりがないのよ。
就職したら、結婚はまだかと言われ、結婚したら、子どもはまだかと言われ、産まれたら、次はまだかと言われ、今度は、家はまだかと言われるの」
ふふふ、と可愛く笑っているが、怖い……。
こんな順調そうな水澄でも、いろいろプレッシャーかかっていたのかと、芽以は妊娠検査薬を手に、フリーズしていた。
……お母さん。
人にはそれぞれ、その人の生き方というものがありましてですね、と思ったが、口に出して言おうものなら、この世代の人は、猛反論してくる。
芽以は沈黙することにした。
しかし、なにやら、くつろげなくなってきたから、もう帰ろう、と芽以は立ち上がる。
「あっ、芽以ちゃん、もう帰るのっ?」
と翔平が鞄を手にした芽以を見て言ってきた。
「……ちょっと疲れたんで」
と言う芽以に、兄が、
「芽以、赤ずきん、まだ川を下っているがいいのか」
と言ってくる。
いや、続きはまた、来週……と呟いて、芽以は、もらった晩ご飯のおかずを手に、よろりと家を出た。
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