72 / 79
疾走する幽霊
いや、もういいよ
しおりを挟む「持田さんっ」
持田は身を翻し、奥へと行ってしまった。
「待てっ」
病院を抜け出したばかりなのに、持田の姿はあっという間に襖の向こうに消えてしまう。
「深鈴っ」
庭の左手に居た深鈴が家の左側から家の周囲を回って裏手に行ったが、持田は残念ながら、右に出てきた。
「幕田っ」
菜切のタクシーの側にぼんやり立っていた幕田が、は? と顔を上げたときには、持田は運転席のドアを開けていた。
車をいきなりバックさせ、慌てて幕田が飛び退く。
運転を間違ったのかと思ったが、そうではなかった。
持田の操る車は、後ろ向きのまま、廃村の下へとすごい勢いで下りていった。
「……すごい技術だな」
「っていうか、車、運転出来てるじゃないですか」
晴比古と深鈴は、つい、感心して見送ってしまった。
反応の速い志貴はすぐに地元警察に連絡を取っていたが、幕田は、家の前の道路で、ただ、打ちひしがれたような顔をしていた。
此処から移動する足もなくなり、晴比古たちは、下の道を見下ろしていた。
「地元警察が来るのを待つか。
いや、乗せてもらえるかわからないし、それこそ、タクシーでも呼ぶか」
と溜息をついたあとで、晴比古は言った。
「菜切、なんでオートマなんだ。
昔のコラムシフトのタクシーなら、持田には運転できなかったかもしれないのに」
と言うと、
「すみません。
楽なんで、つい。
鍵もつけたままだったし……」
僕の失態です、と菜切が言うと、幕田が、
「いえ、僕のせいです。
僕がぼんやりしてたんで、タクシーの側に居たのに止められなくて」
と言ってきた。
いや、そりゃ、みんなわかってるから、触れないようにしてたんだが、と全員が無言で思う。
「まあ、あれだ。
そのうち、後ろに目があるタクシーの都市伝説とか出来そうだな」
と晴比古は場の雰囲気を変えようと言ってみた。
バックで凄いスピードで走っていったからだ。
志貴が、
「でもこれで、持田さんは見つかりましたね。
警察には連絡したので、途中でタクシーを乗り捨ててなければ、程なく捕まるでしょう」
と言うと、菜切が微妙な顔をする。
持田が見つかって、ほっとしたような。
捕まって欲しくないような、というところなのだろう。
事情も訊きたいような訊きたくないような感じだろうし。
「あとは古田支配人か。
病院に居た持田も、菜切も関係ないのなら。
持田が菜切以外の人間にも協力を仰いでなければ……」
「支配人が意識を取り戻して、自分で動いてるってことですね。
あっ、すみませんっ」
また先を言ってしまった、という顔を深鈴がする。
「いや……もういいよ」
と晴比古は力なく言った。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ここは猫町3番地の1 ~雑木林の骨~
菱沼あゆ
ミステリー
「雨宮……。
俺は静かに本を読みたいんだっ。
此処は職場かっ?
なんで、来るたび、お前の推理を聞かされるっ?」
監察医と黙ってれば美人な店主の謎解きカフェ。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
白羽の刃 ー警視庁特別捜査班第七係怪奇捜査ファイルー
きのと
ミステリー
―逢魔が時、空が割れ漆黒の切れ目から白い矢が放たれる。胸を射貫かれた人間は連れ去られ魂を抜かれるー
現代版の神隠し「白羽の矢伝説」は荒唐無稽な都市伝説ではなく、実際に多くの行方不明者を出していた。
白羽の矢の正体を突き止めるために創設された警視庁特捜班第七係。新人刑事の度会健人が白羽の矢の謎に迫る。それには悠久の時を超えたかつての因縁があった。
※作中の蘊蓄にはかなり嘘も含まれています。ご承知のほどよろしくお願いいたします。
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる