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エミリ、トマトで英雄になろうとする
畑作るとか、呑気だな
しおりを挟む「畑を作ろうとしてたのか。
その辺の獣でもとって食べた方が早いと思うが」
待ってる間に、飢え死にするぞ、とエミリはルーカスに言われた。
「……獣さばけないし。
トマトなら、さばけるけど」
「トマトさばくって……。
いや、そもそも、お前、今、一口だったろ」
とルーカスと話している間、何故か横から、魔王がすごい形相で睨んできていた。
……なんでしょう。
私、やってきて早々、なにかご無礼を働きましたでしょうか、と思いながら、エミリはルーカスに被害が及ばないよう、
「あっ、じゃあ、どうもありがとう、ルーカス」
と話を終わらせる。
「ああ、じゃあな。
魔族のみなさんも、お元気で。
なにか御用がありましたら、いつでもお申し付けください」
と言ってルーカスはさっさと去っていた。
「……帰ったな」
去っていくルーカスを見送りながら、ホッとしたように魔王が言う。
どうしたんですか、魔王様。
何故、あなたほどのお方が、一介の商人などお気にかけておられるのですか。
「よし、では、トマトを持って帰るか。
エミリ、それでケチャップとやらを作るのだろう?」
そう魔王に言われ、
「いやー、トマトだけじゃ作れないし。
作れても、ケチャップかけて食べるものがないんですけどねー」
とエミリは苦笑いする。
とりあえず、魔王について城に戻った。
その頃、魔王の城から戻ったマーレクは宮殿の隅にある神官専用の浴場で湯浴みをしていた。
高位の神官ならば入れるこの風呂は、砂漠と岩の多いこの国でも、いつも温かく豊富な湯で満たされている。
――魔族の匂いが身体に染み付いている気がする。
このままでは神殿に入れないからな。
そう思いながら、ひとり湯に浸かっていると、
「マーレク」
と己が名を呼びながら、王女セレスティアがやってきた。
いや、ここ、男風呂ーっ、と思うマーレクの慌てぶりなど一切気にせず、広い石の浴槽の端に立ち、セレスティアは言う。
「エミリが、なにかやらかしておらぬか心配でな」
「今送ってきたばかりですよ、セレスティア様……」
だから、ゆっくりさせてください、と思いながら、マーレクは言う。
「いくらエミリでも、送ったその日に魔王に無礼を働いて、怒らせるとかない気がするのですが」
「そうか?
あの娘、瞬時に、とんでもないことやらかしそうだぞ」
……では何故、王女として送り込みました?
と思ったのだが、まあ他に替えがきかなかったからだろう。
アイーシャなんて、エミリより危なっかしすぎる。
リズムのいいステップを踏んで、魔王に拳を叩き込むアイーシャの姿が容易に想像できた。
「お前、少しゆっくりしたら、魔王への貢物でも持って、ちょっと様子を見に行ってくれぬか」
「……私ひとりであの洞穴を通るんですか?
さっきは途中で魔王の腹心の部下、レオ殿に出くわしたから、なにも起こりませんでしたが。
話の通じない下っ端の悪魔とか出たらどうしてくれるんです。
私、実際のところ、なにもできませんよ」
「お前は、なんのために神官でいるのだ。
権力を握るためか?
そうでないのなら、ここで役に立ってみせよ。
さっさと行け」
と無情にもセレスティアは言い放つ。
王族の血を引いているとはいっても、自分程度では有力な王女などと結婚しない限り、王宮で力を持つことはできない。
それならば、王家の血を引く神官、の方がのし上がりやすいのは確かだ。
別にそれで神官になったわけではないのだが、と思うマーレクをセレスティアは威圧するように腕組みして見下ろしている。
「何故、早く行かぬのだ」
いや、あなた今、ゆっくりしてからって言いましたよ、と思いながら、マーレクは言った。
「あなたがそこで仁王立ちになってらっしゃるからですよ、セレスティア様……」
早く出てってください、男湯、と訴える。
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