上 下
20 / 65
エミリ、トマトで英雄になろうとする

畑作るとか、呑気だな

しおりを挟む
 
「畑を作ろうとしてたのか。
 その辺の獣でもとって食べた方が早いと思うが」

 待ってる間に、飢え死にするぞ、とエミリはルーカスに言われた。

「……獣さばけないし。
 トマトなら、さばけるけど」

「トマトさばくって……。
 いや、そもそも、お前、今、一口だったろ」
とルーカスと話している間、何故か横から、魔王がすごい形相で睨んできていた。

 ……なんでしょう。

 私、やってきて早々、なにかご無礼を働きましたでしょうか、と思いながら、エミリはルーカスに被害が及ばないよう、

「あっ、じゃあ、どうもありがとう、ルーカス」
と話を終わらせる。

「ああ、じゃあな。
 魔族のみなさんも、お元気で。

 なにか御用がありましたら、いつでもお申し付けください」
と言ってルーカスはさっさと去っていた。

「……帰ったな」

 去っていくルーカスを見送りながら、ホッとしたように魔王が言う。

 どうしたんですか、魔王様。

 何故、あなたほどのお方が、一介いっかいの商人などお気にかけておられるのですか。

「よし、では、トマトを持って帰るか。
 エミリ、それでケチャップとやらを作るのだろう?」

 そう魔王に言われ、
「いやー、トマトだけじゃ作れないし。
 作れても、ケチャップかけて食べるものがないんですけどねー」
とエミリは苦笑いする。

 とりあえず、魔王について城に戻った。


 その頃、魔王の城から戻ったマーレクは宮殿の隅にある神官専用の浴場で湯浴みをしていた。

 高位の神官ならば入れるこの風呂は、砂漠と岩の多いこの国でも、いつも温かく豊富な湯で満たされている。

 ――魔族の匂いが身体に染み付いている気がする。

 このままでは神殿に入れないからな。

 そう思いながら、ひとり湯に浸かっていると、
「マーレク」
おのが名を呼びながら、王女セレスティアがやってきた。

 いや、ここ、男風呂ーっ、と思うマーレクの慌てぶりなど一切気にせず、広い石の浴槽の端に立ち、セレスティアは言う。

「エミリが、なにかやらかしておらぬか心配でな」

「今送ってきたばかりですよ、セレスティア様……」

 だから、ゆっくりさせてください、と思いながら、マーレクは言う。

「いくらエミリでも、送ったその日に魔王に無礼を働いて、怒らせるとかない気がするのですが」

「そうか?
 あの娘、瞬時に、とんでもないことやらかしそうだぞ」

 ……では何故、王女として送り込みました?
と思ったのだが、まあ他に替えがきかなかったからだろう。

 アイーシャなんて、エミリより危なっかしすぎる。

 リズムのいいステップを踏んで、魔王に拳を叩き込むアイーシャの姿が容易に想像できた。

「お前、少しゆっくりしたら、魔王への貢物でも持って、ちょっと様子を見に行ってくれぬか」

「……私ひとりであの洞穴を通るんですか?
 さっきは途中で魔王の腹心の部下、レオ殿に出くわしたから、なにも起こりませんでしたが。

 話の通じない下っ端の悪魔とか出たらどうしてくれるんです。

 私、実際のところ、なにもできませんよ」

「お前は、なんのために神官でいるのだ。
 権力を握るためか?

 そうでないのなら、ここで役に立ってみせよ。
 さっさと行け」
と無情にもセレスティアは言い放つ。

 王族の血を引いているとはいっても、自分程度では有力な王女などと結婚しない限り、王宮で力を持つことはできない。

 それならば、王家の血を引く神官、の方がのし上がりやすいのは確かだ。

 別にそれで神官になったわけではないのだが、と思うマーレクをセレスティアは威圧するように腕組みして見下ろしている。

「何故、早く行かぬのだ」

 いや、あなた今、ゆっくりしてからって言いましたよ、と思いながら、マーレクは言った。

「あなたがそこで仁王立ちになってらっしゃるからですよ、セレスティア様……」

 早く出てってください、男湯、と訴える。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダブルロール:死骸人形(マリオネット)の罪科

彗星無視
ファンタジー
人知れない洞窟の奥地に死体があった。それは遠い魔術の名門校であるポラリス魔術学院の男子生徒、リアン・ムラクモの死体だった。死体は風化していくばかりかに思えたが、ミミズにも似た黒い魔導生物がその耳から侵入すると、程なくして彼は目を覚ました。ただし蘇生した彼は記憶の大部分を損なっており、それでも生来の感情に引きずられるようにしながら、妹・ミアの待つ故郷へ足を運ぶ。しかしやっとの思いでミアと再開を果たすも、彼女が示したのは強い拒絶。呆然とする中、そこへ現れたのはリアンの友人を名乗る白衣の女、ノルトだった。 蘇生した男は、リアン・ムラクモの死体に寄生する魔導生物によって生まれた存在——言わば誰でもない死骸人形。死者の感情に揺れ、偽物の自己に苦悩しながらも、失った記憶の糸口をたどる。その中で、一度は拒絶されたミアと信頼を少しずつ築いていく。だが、リアンを追う帝国の陰謀はすぐそばにまで迫っていた。 (本作は小説家になろうにも掲載しています)

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

処理中です...