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またまた旅に出ました

沙悟浄が多すぎる

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「未悠ちゃん~っ。
 元気だったかい?」

「マスター、お久しぶりです~っ」

 未悠たち一行は、ずっとお世話になっていた居酒屋に立ち寄った。

「いつも未悠ちゃんがお世話になってます。
 さあ、じゃんじゃん、呑んで食べてください」
とまだ営業時間ではないのにマスターたちは店を開け、みなをもてなしてくれた。



 スパイスのよく効いたイノシシの煮込みを食べながら、未悠は訊いた。

「あのー、マスター、納屋にあれ、置いてってもいいですか?」
と窓の外の輿こしを指差す。

 近所の子どもたちが、なんだこれ? といった感じで覗いているのが窓越しに見えた。

「ああ、わかった。上からわらでもかけとくよ」
とマスターは笑い、未悠たちのテーブルに、どんっ、とニンニクと塩胡椒をまぶしたホロホロ鳥の丸焼きを置いた。

「あ~。
 もうこれ食って寝てえ」
と輿を担いでいたリチャードの手下は言い、常に前のめりなヤンは此処でも前のめりで、テーブルに突っ伏して寝そうになっている。

 そのとき、黙々と後ろをついて来て、黙々と料理を食べている堂端が、ふいに天井付近を見上げて言ってきた。

「あの神棚のようなものはなんだ? 海野うんの

 日本の神棚とは違うが、石造りの神殿のような形をしたものが、棚の上に置いてある。

「そのまんま神棚ですよ。
 朝とか寝る前とか、開店前とか手を合わせてます」
と未悠が言うと、マスターが笑い、

「昔、大神殿でいただいた石が入ってるんですよ。
 みんな、大神殿に参拝したとき、お守り代わりに買ってくる石です」
と言う。

 えっ、そうだったのか、と未悠が思っていると、リコが、
「結構、ぼったくりな金額だよな、確か」
と言い、タモンが、

「わかった。
 では、それを大神殿に行ったあかしとして持って帰ろう」
と言い出した。

 いやいやいや。
 これ、行って帰ってくるのがミッションってわけじゃないですからね、と思いながら、未悠は、
「もう、タモン様、此処から輿に乗って帰ったらどうですか?」
と言ってみた。



「ああ、美味かった~。
 しかし、美味いもの食べたら、また美味いものが食べたくなるな。

 イラークの飯が食いたくなった」
とリコが言い、

「いいですねー」
と未悠も笑う。

 久しぶりにあの兄妹の宿屋に行ってみたいな。

 途中で立ち寄れそうなら寄ろう、と思ったとき、思い出していた。

 そういえば、リコに、旅の途中なにかあったら、宿屋の主人に助けてもらえと指輪をもらったが。

 結局、リコ本人に助けてもらっている。

 あのとき襲ってきたリチャード一味もこうして一緒に旅していることだし。

 縁とは不思議なものだな、と思っていると、リコが、
「なんだ。
 やけに嬉しそうだな」
と言ってくる。

「いやいや。
 『旅は道連れ、世は情け』ですよね」
と笑って、堂端に、

「どうした。
 演歌でも歌い出すのか?」
と言われてしまったが――。



 
輿こしも置いてくことですし。ちょっと着替えますね~」
と言って、未悠は奥で着替えさせてもらった。

 本当はまだ店に残してあった動きやすい服にしたかったのだが、ヤンとリコに反対されて、少し簡素なドレスに変わっただけだったが。

 うーむ、歩きにくい、と思った未悠は、ポーランド風ドレスのように、裾をたくし上げ、ドレスの内側に、紐で止めてみた。

 それを見て、リコが、
「うん、まあいいんじゃないか?」
と頷く。

「あまりに華美でも金目当てに襲われるが、服装が簡素すぎても舐められるからな。
 それでなくともお前は、舐められそうな顔してるしな」

 相変わらず、一言多いな、と未悠が思っていると、ヤンが言ってくる。

「今回は正式に大神殿に参拝するわけですしね。
 あまりラフな格好で行かれては困ります。

 ……とラドミール様がおっしゃっておりました」

 ラドミールか。
 ついて来ていないはずなのだが。
 なんだかそこらに居る気がして、つい、辺りを窺ってしまう。

「そうだぞ、未悠。
 我々は今回は正式に大神殿に参詣する一行だ。

 金もたんまりあるし、お前も王子妃らしくしてろ」
と相当出来上がってるリチャードも言っていたのだが。

 しばらくすると、
「未悠、お代わりっ」
とリチャードは言い出した。

「はいはい」
と結局、未悠が立ち上がり、酒を取りに行く。

「……おかしいな、王子妃らしくするとは酒をつげという意味だったのだろうか」
と呟いていると、ヤンが、

「未悠様、わたくしが」
と手伝ってくれようとしたのだが、未悠以上に危なっかしいので、結局、未悠が運んだ。



 昼過ぎ。
 マスターとおかみさんに見送られ、ほろ酔い気分で一行は旅立った。

 輿を置いて歩いていくつもりだったのだが、せめてなにかに乗れとリコに言われ。

 まあ、足手まといになってもな、と思った未悠は、馬に乗ってみた。

 店の常連さんが気前よく馬を貸してくれたのだ。

 リコとヤンの手を借りながら、馬に乗る。

 パカパカと呑気に街道を進んでいると、リチャードが言ってきた。

「すんなり乗れたな。
 お前、馬に乗ったことがあったのか」

「昔、何度か。
 法事のお返しとかで」

「あれか」
と堂端が言う。

「法事やお祝い事のお返しに来るカタログギフトのやつか。
 乗馬体験」

 本当に行くやつ居るんだな、と言う。

「いや、結構楽しくてはまっちゃって。
 でも、本格的に習いに行くほどじゃないなーと思いながらも。

 親があんた好きなの選びなさいよと言ってカタログくれるたびに、乗馬に行ってみてました」

「そういえば、お前の親、実の親じゃないんだよな」

 自身も似たような立場なので、特に遠慮もなく、堂端はそう訊いてくる。

「そうなんですけどねー。
 でも、ずっと一緒に生活してると、血のつながりはなくとも、なんか似てくるんですよねー」

「きっとお気楽な感じのご両親なんだろうな」
と決めつけられる。

 そういえば、今の親で特に問題ないから、あまり追求する気にならないのだろうか。

 私がこの世界の生まれだとして。
 一体、誰が本当の親なのか。

 万が一、父親が王であったとしても、母親が誰なのか、サッパリわからないんだが、と思ったときり、
「そうだ。
 温泉とか寄ってみるか」
とほろ酔い気分のリチャードが言い出した。

「温泉、あるんですね、この世界にも」

「道の脇とかにいきなりあるぞ。
 そういうのは誰でも入っていいんだ。

 服脱いでドボンと入るだけで、なんにも設備はないけどな」

 いやそれ、私は入れませんよね……と未悠は思う。

 それにしても、
「なにかこうして、馬に乗っていると、西遊記って感じですよねー」
と街の街の間にある赤みがかった岩山を通りながら、未悠は言った。

 強い風に砂埃が上がって、時折、目が痛い。

「西遊記とはなんだ?」
と横を歩くリコが訊いてきた。

 旅にはこれ、とでも思っているのか、城を出るときに来ていた品のいい服を脱ぎ捨てたリコは、また肩の辺りを虎の顔に喰われている。

「お坊さまが妖怪たちを引き連れて天竺というところに、経典を取りに行く話ですよ」
と未悠はかなりザックリな説明をする。

「……西遊記?」
と呟いた堂端が未悠を見上げ、一行を見た。

「猪八戒」
と堂端はリチャードを指差す。

 ……意味わかったら殴られるぞ。

そして、
「沙悟浄」
と言い、堂端は自分とヤンを指差す。

 何故、沙悟浄が二体も……。

 それから、
「三蔵法師」
と馬の横を歩いているリコを指差したあとで、未悠を見上げ、

「サル」
と堂端は言った。

「なんで私がサルですかーっ!」

 馬乗ってんですけどっ? と訴えてみたのだが、
「いや、なんか落ち着きがないから」
と堂端は言う。

「三蔵法師は美形と相場が決まってるし」

「未悠様はお美しいですっ!」
と西遊記がなんだかわからないまま、ヤンが口を挟んでくる。

「確かに顔だけは……。
 だが、なにかが違う」
と堂端が呟いている間に、街が見えてきた。

「イラークの宿が近いな。
 あそこに泊まるか」
とリコが言う。

 堂端はまだ西遊記について考えているようだった。

「沙悟浄が二体は多いな」

 ええ。まったく配役のない人たちも居ますしね、と未悠はリチャードとリコの連れたちを振り向く。

万聖竜王ばんせいりゅうおう
と堂端はタモンを見ていった。

 何故、敵が一緒に歩いてるんですか。

 しかも、その設定だと、タモン様は私に頭をかち割られて死にます……と思う未悠の横で、堂端は、

「じゃあ、俺は、めでたしめでたしで」
と言う。

「何故、ナレーション……」
と言っている間に、一行はイラークの宿の前に着いていた。



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