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それぞれの秘密
わたし、探偵になります
しおりを挟むアドルフの許可を取り、エリザベートを見張ることになった未悠はサロンでエリザベートを見つけた。
エリザベートは使用人たちに指示を出し、テーブルなどを動かさせているようだった。
サロンの扉は、内側に開いたままだ。
未悠がそっと廊下からエリザベートの様子を窺っていると、
「なにしてるんだ、未悠」
と声が聞こえた。
シリオだ。
しっ、と未悠はおのれの口許に指先を当てる。
小声で言った。
「こっそり、エリザベート様を見張っております」
冷たい石の壁に張り付くようにして言う未悠の後ろで、同じく壁に張り付いているヤンも同意するように頷いている。
「……なにもこっそりには、なってはいないと思うが。
第一、そのドレスに、供の者まで連れていては無理だろう」
ともっともなことを言ってくる。
まあ確かに。
先ほどから、廊下を通る使用人や貴族の人びとが、
未悠様はなにをしてらっしゃるのかしら?
という目で見て行く。
だが、それでも、探偵気分の未悠は、うるさいシリオを手招きをし、ヤンの後ろに並ばせた。
「いや、此処からではなにも見えないんだが……」
と文句を言うシリオに、ヤンが事情を説明する。
「未悠様が、エリザベート様を見張ることには、アドルフ様も許可を出されてるんです。
未悠様が暇をもてあますと、ロクなことがないと言って……あ、失礼」
とヤンがこちらを見た。
「あんなにいろいろあったのに、お前、まだ暇をもてあましていたのか……」
とシリオが後ろで呆れたように呟いている。
そのとき、今度は横から、
「見つけましたよ」
と声がした。
振り返ると、腕を組んだラドミールが仁王立ちになっている。
「アドルフ様に頼まれました。
未悠様を見張っているヤンごと見張っていろと」
その言葉に、シリオが、
「それは正しい判断だ」
と笑っていた。
アドルフは、どうも、ヤンだけでは不安だったらしい。
仕方がないので、ラドミールも後ろに並ばせようと思ったのだが、そこで素直に並ぶような男ではない。
いきなり、サロンの中に入っていこうとする。
「さっさと訊いてみればよいではないですか。
私もちょっとおかしいと思ってたんですよ。
エリザベートさ……」
いきなり、エリザベートを問い質そうとするラドミールを全員で羽交い締めにして、引っ張り戻した。
「相変わらず、デリカシーのない人ね、ラドミール」
「駄目じゃないですか。
さっさと解決したら、未悠様が暇になってしまって、また王子の悩みが増えますっ」
とヤンが余計なことを言っていたが、王子が困る、という言葉にはちゃんと反応するラドミールは仕方なしに並んでくれた。
……何故か、私の前に出ているのが、ちょっと気に入らないんだが。
見えん、とラドミールの後ろで未悠は跳ねる。
しばらく、ラドミール、未悠、ヤン、シリオの順で、壁に張り付いていた。
すると、一番前で、エリザベートの様子を眺めていたラドミールが言い出した。
「エリザベート様は、本当によく働かれますね。
確かに、あの方の動きを一日見ていることには意味があるかもしれませんね。
特に未悠様には。
王子もそうお考えになって、賛同されたのかもしれませんね」
そんな余計なことを言ってくる。
だが、確かに。
エリザベート自身が動くわけではなく、指示しているだけなのだが。
エリザベートはいつも、鋭い観察眼と、素早い判断で、城の用事を次々こなし、統括している。
思わず見入っていると、しっ、し、とラドミールに払われた。
「離れてください、未悠様。
私が王子に殺されます」
いつの間にか、前に居るラドミールの腕をつかみ、身を乗り出していたようだ。
「ああ、ごめんなさい」
と手を離したとき、また違う声が聞こえてきた。
「あら、ラドミールとなにしてるの? 未悠。
もう浮気?」
シーラが現れた。
「あら、そういえば、貴女、王子妃になるんだったわね。
でも、まだなってないからいいわよね、へりくだらなくても」
と言い放つシーラを見ながら、
いや、こいつは、一生へりくだりそうにはないんだが……、
と未悠は思う。
そのまま手招きをし、シーラを最後尾につかせた。
「なんなのよ、これはっ」
と言いながらも、シーラは素直にシリオの後ろに並んでいる。
そして、ついでに、シリオに、
「そういえば、シリオ様、アデリナとはどうなってるんですの?」
と興味津々で訊いていた。
すると、今度はバスラーが現れ、騒ぎ出す。
「シーラ様、何故、このようなところに!
私を放って、若い男たちとなにをしておられるのですかなっ」
と年若い婚約者に文句を言うバスラーの目には、未悠は入っていないようだった。
私も居るんだが……と思いながらも、未悠は無言で指示し、バスラーも後ろに並ばせた。
「――で?
なにをしてるんだ? これは」
と通りかかったタモンに問われるまで、六人はそこから、サロンを覗いていた。
「私もおかしいと思っておったのだ」
とタモンが言い出した。
あのあと、エリザベートが居るのとは別の、こじんまりとしたサロンにみんなで集まっていた。
「此処のところ、エリザベートは挙動が不審だ。
この間も黙って私を見ていた」
と言うタモンにラドミールが、
「愛が再燃したんじゃないですか?」
と言っている。
いや……、エリザベート様は最近、なんかもう完全に若造を見る目で、小馬鹿にしたようにタモン様を見てますが、と思いながら、未悠はその言葉を聞いていた。
「しかし、愛、というのは、なにかこう、しっくり来ますな」
とおのれのごつい顎を撫でながら、バスラーが言ってくる。
「エリザベート様は、最近、若々しくなられたというか。
ちょっと色っぽくなられたような気がします」
「色っぽいっ!?」
とまったくそのようには感じていなかったらしいタモンとシリオが訊き返している。
「まあ、バスラー様っ。
そのような目でエリザベート様を見てらっしゃいましたのっ?」
と一応、バスラーの婚約者であるシーラが憤慨して言い出した。
……気に入らない婚約者でも、他の女を見ていると腹が立つようだ、と思いながら、未悠は思う。
いや、気に入らないからこそ、余計に、かもしれないが。
この私が結婚してやろうと言っているのに、どういうことだとプライドの高いシーラは思っているのに違いない。
しかし、考えてみれば、エリザベート様とバスラー公爵の方が年が近いしな、と思う未悠の前で、このまま黙ってたのでは、腹の虫がおさまらない、というようにシーラが言い出した。
「お父様が、あのくらい年の離れた男の方が、若くて美しいお前に嫁に来てもらったというので、下にも置かない扱いをしてくれるに違いないというから、まあ、嫁にいってもいいかなと思い始めたところでしたのに」
いや、あけすけに言いすぎだろ、と未悠は思ったのだが、何故か、バスラーは感激し、
「本当ですかっ? シーラ様っ。
本当に私と結婚してくださるのですかっ」
と言いながら、シーラをお姫様抱っこで抱き上げる。
「ちょっ、ちょっと離してっ」
と人前で抱き上げられ、シーラは真っ赤になっていた。
バスラーは喜びすぎて、なにかのタガが外れたようだ。
シーラを抱いたまま、鼻歌を歌いつつ、出て行ってしまう。
今にも庭園にでも行って、愛を語り出しそうだ。
それを見ていたラドミールが、横で、ぼそりと呟いた。
「嬉しいですかね? あれを嫁にもらって……」
ラドミールはアデリナの従兄なので、シーラとは幼い頃は一緒に遊んだりもしていたらしい。
だからこその実感こもった声だった。
「ま、まあ、とにかく、私、エリザベート様の様子をこっそり窺ってますよ。
全員で見てると目立つんで」
そうまとめるように言った未悠は、みんなに、いや、お前が、俺たちを引き込んだんだろ、という目で睨まれてしまった。
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