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王様を訪ねていきました

何人たりとも、俺が手を出させない

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 未悠たちは、ちょっと屋根裏部屋のようになっている部屋に上がった。

 古いが、清潔な感じのする部屋と寝具。

 造りのいい一人掛けの椅子が部屋の隅に置いてある。

 未悠は窓際のベッドに上がり、窓を開けてみた。

 すっかり日の落ちた町を吹き渡る風が流れ込んでくる。

「うん。
 此処もいい風ね。

 今日はゆっくり眠れそう」
と呟き、振り向くと、ヤンは戸口に立ったまま沈黙していた。

「どうしたの? ヤン。
 ああ、もしかして、窓際のベッドが良かった?」
と窓を開けるために、思わず、上がってしまったベッドから降りる。

 何故か顔面蒼白になっているヤンが言ってきた。

「あのー、未悠様。
 私は何処で眠ればいいのでしょうか?」

 未悠は小首を傾げ、
「此処かそっちのベッドでいいんじゃないの?」
と言った。

 窓際のベッドか壁際のかで悩んでいるのかと思ったのだ。

 だが、ヤンは、
「み、未悠様と同じ部屋で寝るなどと、とんでもないことですっ。

 私、廊下で眠りますっ」
と宣言してくる。

「いや、それ、他の宿泊客に迷惑だと思うんだけど……」

 そう未悠が呟いたとき、誰かが開いたままのドアをノックしてきた。

 見れば、ヤンの後ろに、さっきの巻き毛の男が立っている。

 ……いい加減、名前を訊くべきだろうか、と思いながら、未悠は、その手にあるものを見た。

「何処で寝てもいいから、とりあえず、食え」
と言う男は、ピンクと緑と白の三層になっているババロアと果物の盛り合わせを二つ持っていた。

 器は簡素だが、その盛り付けは、宮廷で出てくる料理のようだった。

 ベッドに腰掛け、それをいただく。

 ヤンも壁際のベッドに座り、一口食べていた。

「美味しいっ。
 こんな美味しいもの、食べたことありませんっ」

 そう叫ぶヤンを、特に表情は変わらないまま、巻き毛の男は見下ろしている。

 だが、なんとなく嬉しそうに見えた。

「……美味しいです」
と未悠も彼を見上げて言った。

「そうか。
 それはよかった。

 ……そっちの男は、この部屋に入ると、妄想が止まらなくなるようなので、別の部屋を用意しようか」

 男はヤンを見ながら、そう言ってきた。

 妄想ってなんだ? と思いながら、
「まあ、それでもいいですけど」
と未悠が言うと、

「お前の身の安全に関しては、心配するな。
 この宿に泊まった人間には、何人たりとも、俺が手を出させないから」

 そう男は言ってきた。

 ……どうしよう。

 ヤンより、遥かに頼り甲斐があるんだが。

 まあ、ヤンには黙っておこう、と思う未悠の前で、ヤンは、
「ほんっとうに美味しいですっ」
とまだデザートに感激していた。

 ふと気づくと、今度は戸口にさっきの娘さんが立っていた。

 こちらを見て、ぺこりと頭を下げる。

「お茶です」
と恥ずかしそうに言い、男にお茶を預けようとする。

「お前がお出ししろ」
と言うと、娘はこちらをチラと見て、照れたような顔で、えー? と言っていた。



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