上 下
66 / 127
……帰って来てしまいました

まったりとした午後の城

しおりを挟む


 まったりとした時間の流れる午後の城――。

 タモンが部屋でゆっくりしていたら、突然、エリザベートがゲームの盤を手に現れ、勝負を挑んできた。

 エリザベート……。

 見た目は変わったが、中身は変わらないようだな、と思っている間に、その勝負を受けることになってしまった。

 まあ、未悠に起こされてから、特にすることもなく、暇なので、いいかと思い、その相手をしていたら、自分が寝ている間に、エリザベートは研鑽を積んでいたらしく、木っ端微塵にやられてしまった。

 エリザベートはご機嫌のまま、ユーリアとともに、去っていく。

 途中で、ユーリアに呼ばれた未悠とその御一行様を残して。

 いや、連れて帰ってくれ、と思っていると、案の定、窓際の椅子に腰掛けている自分の許に、怒っているらしい未悠がやってきた。

「タモン様」
と可愛らしい顔で、叱るように見下ろしてくる。

「指出してください」

「指?」

「縛ります」
とおもむろに、その辺にあった紐で縛ろうとする。

 二度と、いきなりパチンとやらないようにだろう。

 だが、指なんぞ縛られたら、不便でかなわない。

 待て待て待て、とタモンは未悠を止めた。

「未悠よ。
 落ち着いて、よく考えろ。

 本当に、私がパチンとやったから、お前があちらの世界に飛んだのか?」

 なにか違う原因があるのではないかと訴える。

「シリオがやったとき、お前が戻ってきたのも偶然じゃないのか?

 大体、おかしいだろう。

 指を鳴らしたくらいで、飛んだり戻ったりするのなら、最もお前の帰還を望んでいたアドルフがやったとき、戻らなかったのは何故だ?

 お前たちの酒場でも指を鳴らして歌ったり、踊ったりしてる連中が居るだろう。

 そのとき、お前が飛ばなかったのは何故だ」

 そう言いつのったが、
「責任逃れですか、タモン様」
と言われてしまう。

 だが、未悠は溜息をつき、認めた。

「……ですが、まあ、正直、別の条件も幾つかあるのかな、とは思っております」

 そんな未悠の後ろから、アドルフが余計なことを言ってくる。

「いっそ、指を切り落としたらどうだ?」

 ……自分がやっても未悠が戻ってこなかった腹いせだろうかな、と思いながら、アドルフを見上げた。

 その言葉に、未悠は、
「いえいえ。
 私もまだ向こうに用事があるので、戻らないわけにはいかないんですけど」
と言って、アドルフに嫌な顔をされていた。

 未悠が向こうの世界に未練がある風なのが嫌なのだろう。

 贅沢だな、と思いながら、タモンはそれを眺めていた。

 なんだかんだで、この二人は自分が好きな相手に思われている。

 ……贅沢だな、と思いながら、ふたたび未悠の顔を眺めた。

 よく見れば、好みでないこともない顔だが。
 なんだかわからないが、ときめかない。

 色気がないからかな、と未悠が激怒しそうなことを思い、結論づけた。





「エリザベート、先に行っていて」

 ユーリアは下の広間に行くエリザベートと別れ、王妃の間へと行く。

 そこで、接客するときに使う椅子の後ろの棚に隠していた小箱を取り出した。

 なんの変哲もない木の箱だ。
 だが、その中には細かい細工の施してある金の小さな箱が入っている。

 いよいよ、これを渡すときが来たのか、とユーリアは感慨深くそれを眺めた。

 鍵のない箱だ。
 だが、この箱を開けることは自分には出来ない。

 箱が開けられるのは、王家の血を引くものだけだからだ。

 そのように封印がしてあるのだが、かなり、血の濃い人間でないと、駄目なようだった。

 この中には、自分が結婚前にはめていた指輪がある。

 代々、王妃となるものに受け継がれているもので、これを王妃が息子に渡し、息子が箱を開け、おのれの妃となるものに渡す。

 婚約期間が終わると、違う指輪をはめるので、本当に一時期しか身につけないものだが。

 自分はこの指輪を疎ましく思っていた。

 だが、勝手な願いだが、未悠には大事にして欲しいと思っている。

 この指輪も、アドルフも。

 ……二度と向こうの世界に飛ばないように、タモン様の指を縛っておこうかしら、と嫁と同じことを考えながら、ユーリアはその箱を手に、タモンの部屋へ戻ろうとした。

 おそらく、まだ未悠たちが居て、中で揉めているだろうと思ったからだ。

 だが、
「あ、王妃様」
と声がし、振り返ると、未悠も何処からか、タモンの部屋に戻ってくるところだった。

 未悠は、手にある黒い盤と木製のケースを振りながら、
「今、さっきのゲームをエリザベート様から借りてきたところなんですよ。

 変な方向に話が転がってっちゃって、誰が一番強いか決めることになりまして」
と笑って言ってくる。

 いや……お前の話はいつも変な方向に転がっているが……。

 というか、そんな瑣末さまつな仕事は、ヤンにでもやらせればいいのに、と思っていると、

「お妃様もいかがですか?」
と未悠に微笑まれ、困る。

 今から大事な話をしようと思っていたのに、と。

 王妃の威厳をもって、彼女に渡そうと思っていたのに、急に現れられ、ユーリアは動揺したまま言ってしまった。

「み、未悠。
 実はこの中に指輪がっ。

 私には開けることが出来ないのですが……っ」

「あら?
 いけませんね。

 鍵が壊れてしまったのですか?」

 未悠はそう言い、箱を手に取ると、眺めてみていた。

「ああ、いえ。
 アドルフには開けられるはずなのです。

 だから、未悠、アドルフに開けてもらって、この中の指輪を……」

 言い終わらないうちに、ぱか、と箱を開けて未悠は笑う。

「あ、開きましたよ、お妃様」

 そう言って、未悠は蓋の開いた箱をこちらに見せてきた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

処理中です...