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呑んだくれてたら、異世界にたどり着いてました
きくなよ、一言も口きくなよ
しおりを挟む未悠が最後尾でホールに入ると、集まっていた貴族たちがどよめいた。
「おお、なんと美しい」
「さすが、シリオ様がギリギリでねじ込まれただけのことはある」
だが、未悠をエスコートしながら、シリオは横で呪文のように何度も唱えていた。
「口きくなよ、一言もきくなよ。
口きくなよ、一言もきくなよ……
……口きくなよ、一言もきくなよ」
わかってますよ……と思いながら、未悠は微笑みを浮かべ、目が合う者たちに軽く会釈をする。
若者たちは赤くなり、視線をそらした。
「……お前、堂々としてるな」
とシリオに呆れたように言われ、
「はあ、偉い人には慣れてますから。
秘書だったので」
と言うと、秘書とはなんだ、と言ってくる。
「偉い人に仕える人です」
と言うと、
「私のようなものか」
と言ってくるので、いや、貴方がまず、偉そうな人なんですが、と思っていた。
最後に入ってきたのは、単に支度が送れたからだったのだが。
「なんだかトリのようで嬉しいです」
と未悠が笑うと、
「……トリ?」
と言ったあとで、余裕だな、とシリオは言う。
「まあ、ぼちぼちの容姿でよかったな。
いまいちだったら、すべての美しい娘たちを見たあとに出てきて、なんだこれ? って話になるからな」
本当に一言多いな、この人……。
しかし、考えようによっては褒めてくれているような気もする。
実は私が好みだとか。
いや、いろいろととり揃《そろ》えよの『いろいろ』だったなと思い出す。
王子に選ばれなかった娘たちが、他の貴族に望まれることもあるらしく、娘たちは、興味を抱き、話しかけてきてくれた貴族の子息たちと歓談していた。
そんな中、未悠は壁際の椅子にどっかりと座っていた。
さすが王宮の椅子。
いい座り心地だ、と思いながら。
何故か横に立っているシリオに座らないのかと訊いたが、
「こういう場で呑気に座っているのはご老体くらいのものだ」
と座っている未悠に向かい言ってきた。
「普通、自分より上の者になんとか売り込もうとあくせく動くからな」
と自らもあくせく動いてはいないのに言ってくる。
「……ところで、お前の許には誰も来んな」
笑いさざめく若い男女を見ながら、シリオはそう言ってくる。
「私のところに誰も来ないのは、シリオ様が張り付いてるからじゃないですか?」
と他に連れてきた娘も居るのに、何故か自分のところに居るシリオを見上げて言うと、
「お前には後見人が居ないからついてやってるんだろ。
それに、お前がなにかしでかしたら、私の責任になるからな」
暗におかしなことをしないよう、見張っているのだとシリオは言った。
しでかすもなにも――。
「……王子を殺そうとしてるくせに」
そうぼそりともらすと、足を踏まれた。
「ああっ」
と思わず声を上げると、近くに居たものたちが、会話をぴたりと止め、こちらを見る。
「すみません。
私が足を踏んでしまいまして」
とシリオが誤摩化す気があるんだかないんだかわからない顔で、淡々と言ったので、すぐにみな、自分たちの話に戻っていった。
未悠は少しドレスの裾を持ち上げ、先の尖ったドレスより少し濃い紫の靴を見る。
「なにするんですかーっ。
全部、エリザベート様からの借り物なんですよっ。
汚したら殺すって言われてるんですっ」
と訴えると、
「エリザベート様が殺すと言ってたか?」
と冷ややかに見下ろし、言ってくる。
……いや、そうは言ってはなかったかもしれないが、そのくらいの迫力だった、と思っていると、
「王宮の人間たちは安易にそんな言葉は発しない。
毒殺や暗殺が横行しているので洒落にならないからな。
というか、それでさっきから、なにも食べてなかったのか」
心配するな、と言ってシリオはグラスを渡してくれた。
「あとで俺から礼をしておく」
「あれ? 音楽が」
そのとき、軽やかなワルツが楽団に寄って演奏され始めた。
「王子がなかなか現れないから、踊って待っておけと言うことだろう」
とシリオが溜息をつく。
「王子のために集まったんですよね?
此処の人たち」
「そうなんだが。
まあ、王子は妃選びに気乗りがしないようなので、ぐずっているんだろうよ」
未悠が高い場所にある三つの椅子を見、
「そういえば、王様もお妃様もいらっしゃいませんね」
と言うと、
「王は毎度遠征でいらっしゃらない」
戦好きで観光好きなのだ、と言う。
いや、観光ついでに戦しないで欲しいんだが、と思っていると、
「いや、観光好きなので、極力街は荒らさないから、圧政に苦しむ住人たちからは、歓迎されてはいる」
と言ってきた。
「踊るか」
暇を持て余したのか、いきなりシリオがそんなことを言い出した。
「ええっ?」
動きだけはうやうやしく、こちらに向かって手を差し出していたが、目はいつものように鋭かった。
「……失敗したら、殺す」
さっき、この世界の人間は、殺すって安易に言わないって言いませんでしたっけっ!?
しょうがないので立ち上がった自分の手を取りながら、シリオは無表情に言ってきた。
「お前が転ぼうがどうしようが知ったことではないが、私に恥をかかせることだけはするな。
もう一度、繰り返す。
失敗したら――
殺す」
その日、未悠は人間死ぬ気になったら、なんでも出来るのだと知った。
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