70 / 95
理由が必要か?
そういう奴ほど、コンパでモテるのよっ
しおりを挟む秘書室には杵崎がいた。
ノートパソコンの画面を見たまま、
「長いぞ。
ちょっと報告してくるだけなのに」
と文句をつけてくる。
「はあ、コンパのお知らせもしたので」
と言いながら、深月は自分のデスクに腰掛けた。
ふう、と小さな観葉植物の側に置いていた冷えた珈琲を一口飲む。
「……支社長も来るのか?」
と画面を見たまま、杵崎が訊いてきた。
「支社長は母方のおばさんの誕生祝いにかけつけないと、とか言ってましたよ」
と言うと、何故か杵崎はホッとしたようだった。
「ああ、さゆみさんかな。
何度か見たことがある」
杵崎は陽太の父方の親戚なので、然程、面識はないようだった。
「美人で強烈なおばさんだった」
と言うので、やはり、一族で美形なのか、と思いながら、ふと訊いてみた。
「そういえば、コンパ、私は職場から、みんなとタクシーで行こうかと思ってるんですが。
杵崎さんは、あの自転車で行くんですか?」
「行くわけないだろうが……」
まあ、そうか。
大人気にはなるだろうが、違った意味でだ。
初対面であの自転車で現れたら、女の子、ちょっと引くかもなーと思っていると、杵崎はパソコンのキーを叩きながら言ってくる。
「だって、自転車も飲酒運転になるじゃないか」
いや、飲酒運転じゃなかったら行くのか……?
深月の頭の中で、杵崎が他の男性社員と二人乗りで現れ、やあ、と女の子たちに手を挙げる――。
コンパに行くタクシーの中でも、その妄想を思い出し、ぷっ、と笑うと、由紀が言ってきた。
「また突然、笑ってる」
「深月、いつもいきなり笑い出すから、びっくりしますよね~」
と純も呆れたように言ったが。
助手席に座る沙希は、
「そんなことはいいのよっ。
それより、深月っ。
あんた、今日は目立たないようにしてなさいよっ」
と釘を刺してきた。
後部座席の真ん中に座る深月に左右から純と由紀が言ってくる。
「そうよ。
あんたにはもう支社長がいるんだからっ」
「隅でじっとしてるか。
みんなの注文でもとってなさいよっ」
……シンデレラか、
と思いながら、深月はひとつ溜息をついて言った。
「心配しなくても、私なんて、もともと目立ちませんから」
すると、沙希が、
「いや、そうなんだけどっ」
とそこは素直に認めて言ってくる。
おい……。
「でも、私が今まで出たコンパからの統計によると。
仕方なく人数合わせで参加した彼氏がいる奴とか、結婚が決まってる奴とかが、不思議にモテるのよっ」
「わかる」
と沙希の言葉に由紀が頷いた。
「男もそうよ。
もう決まった相手がいるのに来た奴の方がなんかいいのよ。
落ち着いてるっていうか。
コンパに来ても、誰か引っかけようなんて思ってないから、ゆとりがあって、目立つのよ。
ガツガツしてないから、話しかけやすいし」
そこで、
「そうか!」
と純が手を打った。
「『私にはもう決まった相手がいる』と思い込んで、コンパに参加したらいいんじゃないですか?」
「あっ、じゃあ、私、杵崎さんと付き合ってることにしようっと」
と沙希が笑うと、純が、
「あ、ずるいですっ。
私が杵崎さんにしようと思ったのにっ」
と言い出す。
何故、揉めるんですか。
妄想の話ですよね?
そして、杵崎さん本人もその場にいるはずなんですが、本人は狙わないんですか。
杵崎と付き合っているという妄想が、杵崎攻略に役に立つとは思えないのだが……。
だが、そこで、すでに一度、杵崎とは付き合って別れている由紀が頭を抱えはじめる。
「どうしようっ。
私、妄想する相手すらいないんだけどっ」
「大丈夫ですよっ、金子さんっ」
「そうよっ。
いないからこそ、今日、見つけるんじゃないっ」
と純と沙希が慰めている間に店に着いた。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる