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理由が必要か?
船旅に出ました
しおりを挟む深月は陽太に手を引かれ、近くの漁港に停泊していたクルーザーに乗り込んだ。
陽太は、すぐに出航する。
「着くまで、好きな酒でも呑んどけ」
と操舵室から陽太が言ってきた。
深月も操舵室に入りながら、
「いえいえ。
船長が呑まないのに、私が呑めませんよ」
と言う。
「……お前まで船長言うな」
と言われてしまったが。
いや、だって、みんなが船長、船長言うからつられたんですよ……。
そう思いながら、深月は、ちょこんと操舵席の後ろの白いソファに腰掛けた。
此処から暗い海を見ているのもなんだか気持ちがいい。
「わかった。
じゃあ、なにか俺のも持ってこい。
ノンアルカクテルな」
と前を見たまま、陽太が言ってくる。
はい、と深月は笑って、立ち上がった。
そのまま操舵室を出かけて、
「ところで、何処に行くんです?」
と振り返る。
そういえば、結局、目的地を訊いてなかったな、と思ったのだ。
「……厳しい修行の場だ」
黒い海に鮮やかに見える白い波しぶきを見つめて陽太は言う。
「日本一の滝行が行えるらしいぞ」
……そんなところには行きたくないが、と自分が禊をしたいと言ったくせに怯えながら、深月はキッチンへと向かった。
「そういえば、お前、日々、楽しく曲芸しながら通っているらしいな」
深月が、よく冷えたノンアルカクテルの缶を開けてから渡すと、海の方を見たまま、陽太はそう言ってきた。
「いや、いつもあれに乗ってるのは、杵崎さんだけですよ」
と深月は答える。
自分はミネラルウォーターをもらって呑んでいた。
「みんなが一緒に乗りたがっちゃって」
と言うと、陽太は笑う。
「じゃあ、今度、会社の備品として、四人乗りとか五人乗りとか買って置いておくか。
ところで、もうすぐ着くぞ」
「早いですね」
とそういえば、見えてきた陸地の灯りを見ながら深月は言う。
「ああ、陸に上がってからがちょっと時間かかるからな。
急ぐぞ。
早くしなければ、施設が閉まってしまう」
「……施設?」
禊の施設か?
っていうか、滝って閉まるのか?
とか思っているうちに船は着き、深月たちは手配してあったレンタカーで山に向かって走った。
細い山道を通り抜け、たどり着いた山間にひっそりとその村はあった。
……村。
「いや、温泉地じゃないですか? 此処」
深月は今通り過ぎた看板を振り返りながら、そう訊いてみた。
暗かったので、ぱっと見、山間の村に見えたが。
よく見れば、立派な観光地ではないか。
……禊をしに来たんじゃなかったのか?
「この山の何処かにすごい滝があって、そこで滝行をしたあと、温泉であったまるとか?」
そんなぬるい修行でいいのかと思いながら訊いてみたが、
「まあ、これだけの山に囲まれてるんだ。
何処かにあるかもな、すごい滝」
と陽太はトボけたことを言う。
「ともかく急げ。
もうすぐ施設が閉まってしまうっ」
と言う陽太に、
だから、なんの施設っ、と思う深月が連れていかれたその建物には、
『日本一の打たせ湯』
と書いてあった。
「……湯ですよ」
「だからなんだ。
可愛いお前が冷たい水に打たれてるのなんか見てられるか」
「いや、禊に来たんですよね?」
「お前、日本一の打たせ湯を舐めるなよ。
本当に痛いからっ。
ツワモノの人たちは打たせ湯の下で寝そべるんだぞ。
より高さがあって、死ぬほど痛いぞ。
俺にはできんっ」
と陽太は主張する。
「いいから、早く行け。
もう閉館時間だから。
俺は男湯。
じゃあな」
と入り口に押し込まれる。
男湯って言葉がもうすでに呑気な感じなんだが、と思いながら、仕方がないので、深月も打たせ湯に入ってみた。
古くて雰囲気のある浴場だ。
二メートルくらいの高さから、お湯が落ちてきているのだが、なるほど、おばちゃんたちは湯の下にねそべっている。
深月は空いている場所に行き、そっと落ちてくる湯に肩を当ててみた。
湯が肩で弾き、耳許でバリバリ音がするし、痛い。
「むっ、無理無理無理っ」
と叫んで逃げて、常連っぽいおばちゃんたちに笑われた。
立って湯を浴びている人も居れば、座って浴びている人も居る。
……無理。
立つのも無理なのに、座るなんて無理。
湯でこれなんだから、滝なんて……。
やっぱり、私には修行は無理、とヘタレの深月はそうそうに結論づけた。
だが、せっかく支社長が連れてきてくれたのだからと、頑張ってもうちょっとだけ肩を打たれてみる。
あとは普通に湯に浸かり、まったりした。
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