上 下
59 / 95
理由が必要か?

船旅に出ました

しおりを挟む

 深月は陽太に手を引かれ、近くの漁港に停泊していたクルーザーに乗り込んだ。

 陽太は、すぐに出航する。

「着くまで、好きな酒でも呑んどけ」
と操舵室から陽太が言ってきた。

 深月も操舵室に入りながら、
「いえいえ。
 船長が呑まないのに、私が呑めませんよ」
と言う。

「……お前まで船長言うな」
と言われてしまったが。

 いや、だって、みんなが船長、船長言うからつられたんですよ……。

 そう思いながら、深月は、ちょこんと操舵席の後ろの白いソファに腰掛けた。

 此処から暗い海を見ているのもなんだか気持ちがいい。

「わかった。
 じゃあ、なにか俺のも持ってこい。

 ノンアルカクテルな」
と前を見たまま、陽太が言ってくる。

 はい、と深月は笑って、立ち上がった。

 そのまま操舵室を出かけて、
「ところで、何処に行くんです?」
と振り返る。

 そういえば、結局、目的地を訊いてなかったな、と思ったのだ。

「……厳しい修行の場だ」

 黒い海に鮮やかに見える白い波しぶきを見つめて陽太は言う。

「日本一の滝行が行えるらしいぞ」

 ……そんなところには行きたくないが、と自分が禊をしたいと言ったくせに怯えながら、深月はキッチンへと向かった。
 


「そういえば、お前、日々、楽しく曲芸しながら通っているらしいな」

 深月が、よく冷えたノンアルカクテルの缶を開けてから渡すと、海の方を見たまま、陽太はそう言ってきた。

「いや、いつもあれに乗ってるのは、杵崎さんだけですよ」
と深月は答える。

 自分はミネラルウォーターをもらって呑んでいた。

「みんなが一緒に乗りたがっちゃって」
と言うと、陽太は笑う。

「じゃあ、今度、会社の備品として、四人乗りとか五人乗りとか買って置いておくか。

 ところで、もうすぐ着くぞ」

「早いですね」
とそういえば、見えてきた陸地の灯りを見ながら深月は言う。

「ああ、陸に上がってからがちょっと時間かかるからな。

 急ぐぞ。
 早くしなければ、施設が閉まってしまう」

「……施設?」

 禊の施設か?

 っていうか、滝って閉まるのか?
とか思っているうちに船は着き、深月たちは手配してあったレンタカーで山に向かって走った。
 


 細い山道を通り抜け、たどり着いた山間やまあいにひっそりとその村はあった。

 ……村。

「いや、温泉地じゃないですか? 此処」

 深月は今通り過ぎた看板を振り返りながら、そう訊いてみた。

 暗かったので、ぱっと見、山間の村に見えたが。

 よく見れば、立派な観光地ではないか。

 ……禊をしに来たんじゃなかったのか?

「この山の何処かにすごい滝があって、そこで滝行をしたあと、温泉であったまるとか?」

 そんなぬるい修行でいいのかと思いながら訊いてみたが、

「まあ、これだけの山に囲まれてるんだ。
 何処かにあるかもな、すごい滝」
と陽太はトボけたことを言う。

「ともかく急げ。
 もうすぐ施設が閉まってしまうっ」
と言う陽太に、

 だから、なんの施設っ、と思う深月が連れていかれたその建物には、
『日本一の打たせ湯』
と書いてあった。

「……湯ですよ」

「だからなんだ。
 可愛いお前が冷たい水に打たれてるのなんか見てられるか」

「いや、禊に来たんですよね?」

「お前、日本一の打たせ湯を舐めるなよ。
 本当に痛いからっ。

 ツワモノの人たちは打たせ湯の下で寝そべるんだぞ。
 より高さがあって、死ぬほど痛いぞ。

 俺にはできんっ」
と陽太は主張する。

「いいから、早く行け。
 もう閉館時間だから。

 俺は男湯。
 じゃあな」
と入り口に押し込まれる。

 男湯って言葉がもうすでに呑気な感じなんだが、と思いながら、仕方がないので、深月も打たせ湯に入ってみた。

 古くて雰囲気のある浴場だ。

 二メートルくらいの高さから、お湯が落ちてきているのだが、なるほど、おばちゃんたちは湯の下にねそべっている。

 深月は空いている場所に行き、そっと落ちてくる湯に肩を当ててみた。

 湯が肩で弾き、耳許でバリバリ音がするし、痛い。

「むっ、無理無理無理っ」
と叫んで逃げて、常連っぽいおばちゃんたちに笑われた。

 立って湯を浴びている人も居れば、座って浴びている人も居る。

 ……無理。

 立つのも無理なのに、座るなんて無理。

 湯でこれなんだから、滝なんて……。

 やっぱり、私には修行は無理、とヘタレの深月はそうそうに結論づけた。

 だが、せっかく支社長が連れてきてくれたのだからと、頑張ってもうちょっとだけ肩を打たれてみる。

 あとは普通に湯に浸かり、まったりした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~ その後

菱沼あゆ
恋愛
その後のみんなの日記です。

ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました

菱沼あゆ
恋愛
 ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。  一度だけ結婚式で会った桔平に、 「これもなにかの縁でしょう。  なにか困ったことがあったら言ってください」 と言ったのだが。  ついにそのときが来たようだった。 「妻が必要になった。  月末までにドバイに来てくれ」  そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。  ……私の夫はどの人ですかっ。  コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。  よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。  ちょっぴりモルディブです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...